統一歴571年4月――。
オーウェン連合王国は正式にガーランド商国を併呑。
商国の元首都である大都市グスタフには臨時で統治府がおかれ、その長として執行官がおかれた。
私はその初代執行官に就任。
その業務の主軸は、商国に従ってこなかった北部勢力の討伐であった。
敵の敵は味方とばかりに、北部勢力と共同戦線を張っていた王国軍だが、用がなくなれば討たれるのは外交の理であった。
「掛かれ! 敵に時間を与えるな!」
「はっ!」
満身創痍の私は専用の馬車で移動し、指示は主に幕舎の中で静養しながら行った。
私は北部の諸勢力が連携しないように、内密に利益供与をほのめかし各個で内応を謀った。
巧いことに、北部勢力は昨日までの味方。
ツテも十分あり、内応の手ごたえは十分だった。
その結果、ゴードン城内でも勢力が二分し、対立する状態を作り出す状況を作り出すことに成功。
包囲するまでもなくゴードン城は自滅し、易々と王国軍の軍門に下った。
ゴードン城は北部地方の政治経済の中枢。
それが簡単に陥落したのは地域の有力者の心胆を寒からしめ、この地域での戦略的趨勢を決定付けた。
「降伏いたしまする。なにとぞご寛容を……」
「二度と手向かい致しません」
続々と北部の諸勢力が降ってきた。
こちらの後方は同盟国のケード連盟に、弱体化しているフレッチャー連合国。
ほとんど後顧の憂いがない王国は、北部勢力に全兵力が投入できたのだ。
「ゴードン城の城代はカン殿に任せる! 北部地域の行政を任せたぞ」
「はっ! 畏まりました」
私は難しい占領政策をカン殿に、様々な地域利権と共に丸投げした。
これにより、北部地域の新しい統治機構は、商国貴族たちの再就職先となっていった。
◇◇◇◇◇
統一歴571年4月――。
オーウェン連合王国軍は、北部勢力を背後から支援する蛮族勢力の支配地に、十万の大兵力でなだれ込んだ。
そして、いくつかの集落を焼き払い、城塞にこもる敵主力を平野部での決戦に誘引した。
「二度と逆らわぬように、薙ぎ払え!」
敵は山岳戦を得意とする二万の蛮族兵。
だが、平野部での野戦では王国が誇る騎兵隊や、ケードが誇る竜騎士隊により、あっという間に突き崩された。
「追撃戦に移れ!」
計画的に誘引した野戦であるため、決戦開始は朝。
陽が沈むまで、追撃による殲滅の時間はたっぷりとあった。
「降伏いたしまする」
意外なことに、有力蛮族の多くが戦わずに降伏。
現地の支配権を今まで通りとするかわりに、現地の支配者の家族たちを人質として王都へ送ったのだった。
◇◇◇◇◇
統一歴571年8月――。
オーウェン連合王国軍は、旧ガーランド商国軍やケード連盟軍と連携し大軍を編成。
満を持して、仇敵であるフレッチャー共和国へと侵攻した。
食料や軍需品はネト城へ、うず高く山のように集積させた。
輜重の充実は、味方の心配を払拭し、敵へは絶望を掻き立てていく。
王国軍の大軍の威容の前に、フレッチャー共和国の有力な貴族たちは次々に戦線離脱。
我先にと王国軍の軍門に降った。
そのため、大きな戦いは起きず、共和国の首都である城塞都市カリバーンも、譜代の家臣たちの反乱などにより開城。
共和国は王国に降伏。
開戦後、わずか一か月で併呑されたのだった。
東部有数の穀倉地域であるルドミラ平原も、こうして王国の統治下にはいり、王国の支配地域ではイシュタール小麦の価格が安価に落ち着いていった。
◇◇◇◇◇
統一歴572年1月――。
新王都のエウロパで、新王城が概ね完成。
巨大で優雅な城内では、新年の宴と共に、大規模な落成式が執り行われた。
統一歴572年4月――。
極東部地域の諸勢力を攻略。
統一歴573年10月――。
極西部地域の諸勢力を攻略。
統一歴574年12月――。
オーウェン連合王国は、大陸の人間支配地をほぼ統一。
……再び、人間たちは統一王朝を再建したのであった。
◇◇◇◇◇
それから約10年後。
統一歴584年9月――。
人間たちの世界は、凄惨な過去を忘れ、平和を謳歌していた。
街は賑わい、笑い声があちこちで聞こえる。
私はイオの献身的な介護もあり、奇跡的にいくらか体が回復。
今は、古傷だらけの戦友であるコメットに跨り、高台から戦場を俯瞰していた。
我が王国軍の相手はもはや人間ではなく、ちょくちょくと北方の国境地帯を侵食する魔族たちの軍勢が相手であった。
まぁ、それも散発的なモノであり、そのため王国軍の動員兵力の多くも、食い詰めた傭兵たちで編成されていた。
この頃の私は、宰相と大元帥を辞し、一介の魔族討伐軍の将軍に落ち着いていた。
ただ、大元帥は永久に空席扱いとなったため、いまでも私は古参兵たちから大元帥と呼ばれていた。
「父様、なぜ我がリルバーン家は、王都の新年の祝賀会に参加せぬのですか?」
若武者姿が凛々しいオパールがそう尋ねてくる。
「我が家は生粋の武門の家柄。前線に出ぬ者は棟梁になるべからず!」
「はい!」
私が適当に考えた台詞に、オパールが真剣な面持ちで頷く。
「父様、戦いに最も大切なことは何でしょう?」
「それは逃げることだ。父は逃げることだけは上手であったと自信がある。どんな名将も戦に負けることはある。そしてその僅か一回で死ぬこともあるのだ。だが、いくら負けても逃げ延びれば、捲土重来を期すことができるのだ……」
「父様が戦いで負けるなど、信じられませぬ!」
オパールが怒ったように詰め寄ってくる。
何しろ私は、今や無敵の軍神のような扱いなのだ。
私の若く泥臭い傭兵時代を知るものは、多くが戦場の露と消えていた。
そして、僅かな者が、私と同じく大身の身分となった。
彼らとたまに会うとき、昔の戦友たちを思い出して酒を酌みかわし、贅肉がついたと笑いあうのだ。
「父はな……、昔は食べる物も困る、貧しい傭兵だったのだよ」
「また、いつもの作り話ですね?」
オパールは、立派になった貴族としての私の姿しか知らない。
これから、王国で生まれ育つ子たちも、人間たちが憎みあい、争いあった時代を知らないで過ごすのであろう。
……だが、私は戦場でしか生きられぬのだ。
今日も、若い傭兵たちと笑いあうも、冷たい秋風が古傷に染みた。
――完――