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ぼく。

「おはよう、彼方」

「……うん、はよう」

 ボクの目の前には、不出来な目玉焼きが並んでいる。父も向かい合わせに同じものを見下ろしては、手を合掌。

「いただきます」

「…………ます」

 カチャ、カチカチャ。

 ボクは目玉焼きを箸で掴む。半熟の黄身はすぐに崩れる。それを啜るように口に運んだ。

 もぐもぐ。

「ごちそうさま」

 カチャ。――箸を置く。

「もう、いいのか?目玉焼きしか食べてないじゃないか」

「うん」

「ご飯くらい食べていったら?」

「いい」

「……そうか?ほんとに大丈夫か……っ」

「いいッつってんだろッ!?」

 ちょっと怒鳴るだけで、父は尻込む。

 今だって、瞼をぎゅっと閉じておっかなびっくり。

 いい大人なクセに。

「……行ってきます」

「あ、ああ……」

 ボクは、鞄を取り席を立った。


「…………変な子だな」

 アタシは、喋らない一人の女の子を見つめてた。

 本を読むわけでもなく、机に頭を伏せて頭上に開いたままの本を乗せる女の子。ほんとに変な子。

 アタシは、立ち上がり、最近になって履くようになったズボンを翻す。

 (あの本を取ったらどうなるんだろう)

 アタシはそろりと近付いては、すっと腕を伸ばす。

 あともう少しで本を掴める。

 がしっ。……ひょい。

 一応持ち上げてみる。

「……?」

「…………」

 本を持ち上げ、すぐにも反応した女の子は頭を起こしてこちらに振り向く。

 じーっ。

 ………………。

「どっ、どうも」

「……(こくり)」

 女の子は頷く。ボクも頷く。まるで鏡合わせ。

 アタシは、手に持っていた本を彼女に返そうと思って、ちらりと本を見るとそれは薄めの図鑑のようなもので、花の絵が描かれていた。

 彼女は花が好きなのだろうか?白い髪の外国人のような見た目。まるでその静謐な雰囲気を纏った彼女の、花畑で鮮やかな草花で編まれた花かんむりを被って微笑んでいる姿を思い浮かべてしまう。

 きっと、この子は笑ったら可愛いだろうな……。

 いつも無表情でいるこの女の子のそんな姿を見たら誰もが見惚れるだろうな。美しいと、頬を緩めるだろう。

 僕は、喋らないこの子の頭に本をぽんとおいて、訊いてみる。

「花、好きなの?」

 びくり、瞼をきゅっと瞑った彼女は、持ち上げた両手で頭の上の重りを掴み、そっとこちらを見上げた。

「……(ぷいぷい)」

 周りは昼休みで人も少ない。それに軽い談笑と、校庭の子供達のはしゃぎ声もある。

 それでも、まるでこの空間だけ日が指した淡い橙色の静穏な場所に、思えた。そう、それはとても静々と、神々しく。

「?」

 首を振った彼女が、温かな熱の籠もった机に本を置き、なにやらロングスカートのポケットから手紙を取り出した。

 さらさらとした上質そうな紙。自由帳から切り取ったものだろうか。

 彼女は折りたたまれたそれを広げ、大きく拙い文字で何かが書かれた手紙をアタシに差し出した。

 紙面には崩れたひらがなで、『かざばなおうかです。なかよくしてください』と綴られていた。

「え?あ、……うん、よろしくね。おうかちゃ……、?」

 いつの間におうかというこの子は、薄桃色のハンカチを手に持っていて、きつく目を閉じた恥ずかしそうな顔色でこちらに差し出していた。

「……これは?貰っていいの?」

「……(こくり)」

 頷いた彼女にありがとう、言葉を紡いで受け取った。可愛い女の子らしいハンカチを広げてみると、愛らしいその刺繍に少し、心躍る。

 上質さを伺わせる綿生地に、綺麗に染められた桜色。端にはうさぎがちょこんと刺繍されていて女子心をくすぐられる。刺激されてしまう。

 可愛い、可愛過ぎる。

「……あ、ありがとう」

「…………っ……」

 女の子は嬉しげに笑みを溢していて、そんな笑顔を見るのは初めてだった。心の隅っこで望んだその光景がそこにあったのだ。

 いつも仏頂面の女の子、桜歌ちゃん。どんないかなる場面でもその表情を崩さなかった。でも不意に見せてくれためんこい笑顔に、こんな顔できるんだなってちょっと驚いて。いや、ちょっとどころじゃないかもしれないな。

 この子の笑顔をもっと見たいと想った。そして改めてアタシはココロだけは女の子なんだなって思った。だから、アタシは、……ボクは。

 蒼野彼方は君を、幸せにしたいと、いや、救いたいと思ったんだ。

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