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第49話 パルス国での異変

 「お母様、どうか良くなりますように」

レナンとラフィアはトゥーラの看病を率先して行い、回復を願う。


 キュアも魔法や薬草の知識を用いて、症状の進行を抑えているが、良くなる気配は今のところ感じられない。


(全然効かないわ。やはりこの絡みつく黒いものが原因かしら)

 トゥーラの魂に黒いものがついているのだが、今のところキュアしか見えていない。


(これは何なのかしら。気になるけれど見当がつかないわ)


 キュアの光魔法で一時的に追い払えるのだが、気づくと戻っている。呪いであればキュアの魔法は効かないので、何らかの魔法のはずだ。


 けれどこのようなものは聞いたことも見たこともない。


「おかしい」

 キュアはレナンの護衛のため傍を離れられないので、代わりに一緒に来ていた隠密隊に調査を命令する。


 怪しいのはヘルガと王妃アリーシャだ。逆恨みでトゥーラに何かをした可能性は充分ある。 


(特に疑わしいのはヘルガ王女よね)

 あの輿入れ以来ヘルガの評判は地に落ち、レナンの評価が上がっている。


 レナンがエリックに大事にされているという事で、パルスの安全はより保証されるからだ。


そして数多くの捕虜が戻された事でアドガルムへの評価も悪くないものとなっている。


 一旦は国元に帰ってきたものも、「アドガルムに仕えたい」と言う者も少なからずおり、パルス国民のアドガルムへの認識もだいぶ変わってきていた。


 キュアはついてきた騎士達にも警戒を怠らないようにと話をする。


 ……だが。


「これはとてもまずいわ」

 偵察に出した隠密隊が戻ってこない。


 キュアは焦った、これは異常事態だと。


 今は深夜だし、確証のないままエリックに緊急の通信をするのはためらわれる。結果二コラだけにでも伝えておくことにした。


「トゥーラ様に黒い靄がつき纏い、その調査を依頼した隠密隊が戻らない。今のところまだ静かだけれど、いつどうなるかわからないわ……」

 キュアは心配で仕方ない。得体のしれない魔法も不気味で、いつ襲われるかもわからないからだ。


「わかりました、すぐ別動隊を向かわせます。明日帝国との会談が終わり次第エリック様とそちらへ向かいますが、キュアも皆もくれぐれも無理しないように。緊急時は即連絡をくださいね」

 二コラの言葉に安堵する。


 明日になればエリックが来る。それまでレナンを守るだけだ。


 キュアは気を引き締め、オスカーにも事の次第を伝えた。


「不安だけれど、明日になればきっと事態は良くなるわよ」

 オスカーの前向きな言葉に、少しだけ緊張がほぐれる。


 翌日、いつもと変わらぬ朝が来るが、いまだに隠密隊から連絡はなく、戻るものもない。


 レナンには心配を掛けまいと何も話していなかったが、さすがに一晩立っても戻らない異常事態に話さざるを得まいとキュアは決心する。


(このまま居るわけにはいかないわ、危険だもの)

 むやみやたらに話してレナンを怖がらせるものではないという判断だったが、こうまで連絡がないのでは、そうも言っていられない。


 隠密隊はすでに殺されている可能性もある。


 異変と、即帰国の旨を伝えると、レナンは顔を青くする。


「お母様は、どうするの?」

 レナンの心配は最もだ。このまま置いていったのでは、死んでしまう可能性が高い。


「もちろん連れていきましょう」

 キュアの独断となるが、エリックだって同じ事をするはずだ。


 このように泣きそうになっているレナンを見たら、置いていくなど言うわけがない。


 それを聞いたレナンは安堵する。


「お母様、一緒にアドガルムに行きましょう。向こうなら色々な治療が出来ますし、腕の良いお医者さんもいっぱいおりますから」

 早朝、レナンはトゥーラを誘いにいく。


「でも私はヴィルヘルム様やアリーシャ様を支えないと……」

 こんなにやせ細ってもその事が気がかりのようだ。


「それに、急に行ったら迷惑をかけてしまうわ」

 レナンの立場も慮る。


 トゥーラはパルス国国王の側室だ、急に出国することは出来ない。それを無理矢理連れ出したとあってはいくら娘でも許されない。


 ましてアドガルムの王太子妃で責任ある立場だ、余計な弱みとなって、レナンの立場を危うくしたくないという思いもある。


「大丈夫よ、咎める人などアドガルムにはいないわ。皆優しいし、特にエリック様はとてもお優しい方なのよ。王宮医師のシュナイ先生はとても凄腕だから、きっとお母様の不調も治してくれる」

 咎める者などキュアも許さないので、うんうんと頷いた。娘の言葉だけでは心配なのか、トゥーラの目にキュアが映る。


(痩せてはいるが儚い美しさがレナン様に似て、また良い)

 思わず本音が漏れかけて表情を引き締める。


「えぇ。国王アルフレッド様、ならびに我が主エリック様はトゥーラ様の事を寧ろ歓迎します。あの方々は困ったものに手を差し出すことに、ためらいはありません。ヴィルヘルム様やアリーシャ様にも後ほど伝言をしますから、今は治すことを考えましょう」

 レナンとトゥーラはキュアの許可を得られたことで、安堵したようだ。


 その時、トゥーラの体にある黒い靄が膨張した。


 トゥーラがうなだれたのを見て、咄嗟にレナンの腕を引き、キュアは距離を取る。


「何があったの?」

 母の様子、そしてキュアの表情にただならぬものを感じるが、魔力が見えないレナンには状況がよく分かっていないようだ。


 ただ母が急に肩を落とした、そんな風にしか見えていない。


『この国を捨てていくの?』

 トゥーラの声が変だ。誰かと同時に話しているような、重なった声をしている。


『そんな悪い子に育てた覚えはないわぁ、王女が国から逃げては駄目じゃない』

 レナンを見るトゥーラの目はあらぬ方向を向いていた。


 まるで人間じゃないみたいに。


「ひっ?!」

 小さく悲鳴を上げたラフィアの手を、オスカーが掴んで側に寄せる。


「オスカー! すぐ退避の準備を!」

 その言葉にすぐさまオスカーは剣を抜き、通信石に魔力を通す。


 繋いだ先は二コラだ。


「二コラ、異変よ。わからないけど、何かが起きている!」

 それだけ叫び、オスカーもトゥーラを注視する。


「何なのよ、あの黒いのは?!」

 キュアほど精密ではないが、オスカーも異変に気付いた。


「わからない、でも逃げるわよ!」

 光魔法でトゥーラを照らすと、黒い靄が一時的に離散し、動きが止まる。


 だが、すぐまた靄が集まりだす。


 皆で部屋の外に飛び出し、追いかけてこないようにオスカーが草魔法で扉を蔦までがんじがらめにし、開かないようにする。


 専用の部屋にて控えていた騎士団にも声を掛け、逃走を促した。


「あなた達、逃げるわよ! トゥーラ様の様子がおかしい!」

 自分やレナン、そして騎士団にも認識阻害をかけ、キュア達は城の外に向かう。


 途中すれ違う者達皆が、おかしくなっていた。


 虚ろな、焦点の合わない目。幽鬼のような足取り。まるで生ける屍のようだ。


 見知ったもの達の変わりように、レナンとラフィアは青褪める。


「けして声を出してはいけません」

 キュアは二人に注意する。


 いくら気配を隠していても声を出せばわかってしまうからだ。


 城の外に出たところで、ラフィアはつい声を上げてしまう。


「母様!」

 庭にいたのはラフィアの母親だ。


 乳母だったラフィアの母親は今もこの城で働いている。


 ラフィアにとっては尊敬するべき大事な母親だ、城の方を見て呆然と立ち尽くしている。


「母様、今すぐ逃げないと。一緒に来て!」

 ラフィアはオスカーの手を振り払って母に近づいた。


「ラフィア、ダメ!」

 キュアの叫びに、ラフィアの母親が振り向く。


 焦点の合わない目で。


「っ!」

 凄まじい力で腕を掴まれたが、オスカーが剣の柄でラフィアの母を突き飛ばす。


「急いで逃げるわよ!」

 今の悲鳴で見つかったようで、一斉に城のもの達がレナン達に向かってきた。


 まだ馬も手に入れてないし、逃げる準備も満足に出来ていない。


 オスカーが足止めの為に庭中の植物に魔力を込めて応戦するが、数が多すぎる。


「お逃げください、レナン様」

 そう促した後、キュアの頭上に大きな光の玉が現れる。


「あなた達、無事にレナン様を逃がすのよ!」

 光が飛び散って人々を弾き飛ばすと、靄も一時的に離れる。


(この靄は光に弱いようね)

 皆が怯み、足が止まるのを見て、オスカーがレナンとラフィアの手を引いて走る。次いで騎士団たちが後ろについた。


「待って、キュアが!」

 レナンの声にオスカーは苦々しげになる。


「まずは御身の安全を考えてください!」

 オスカーとてキュアを置いて行きたくないが、この状況では足止めが必要だ。


(数が多すぎる、まさか城中の者が襲ってくるとは)

 オスカーは歯軋りをする。今はとにかくレナンを守らなければならない。


 機動力を考えると馬車は諦めなければならず、馬に乗ることにする。オスカーがレナンを乗せ、ラフィアも騎士の一人と同乗した。


 アドガルムへ向かい、走ろうとしたその矢先に声を掛けられる。


「どこに行くつもりです、レナン」

 ヘルガの声が響き渡った。




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