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第51話 帝国との敵対

「いやいや、まさかこんなにたくさんだなんて……嘘でしょ?!」

 街中を駆けるオスカーは、まさかの事態に命の危機を感じていた。


 街の者もみな城内にいた人間と同じように、虚ろな目をして徘徊しているのだ。


 その中にはアドガルムから寄越された兵も混じっているため、レナンは仕方ないにしろ騎士団すらも震えてしまっている。


 大の男たちが震えるなんてと叱咤の気持ちが湧き上がるが、考え直した。


(この状況では無理もないわね、そこら中に敵がいるようなものだから)

 とにかく静かに通り過ぎなくてはならないのだが、この緊迫感は半端ない。


 認識阻害の魔法で自分たちの姿は見えなくしているが、触れられたら見つかってしまう。

 そうなれば終わりだ。


 慎重に歩くものの、国中の人を集めたかのような人の多さに、進むのすら難しい。


 そしてどうしても馬に乗ってでは細かい制御が出来ない、どうしても避けきれず、ついに気づかれてしまった。 


「固まれ! けして離れるな!」

オスカーが皆を囲うような、巨大な防御壁を張る。


 馬で駆け抜けて逃げようとも思ったが、人が多すぎて断念する。


(ここにいる殆どは罪もない人達、ならば攻撃するわけにはいかない)

 防御壁と、そして木の壁を作り、耐え凌ごうとする。


「せめてニコラが来てくれたら……」

 ニコラとの通信を先程からずっと試みているが、風の音しかしない。


「レナン様とラフィアを中心にし、陣形を取れ! 俺の魔力がどこまで持つかわからん!」

 痛みを感じないのか、住人たちは素手で木を引き剥がしていた。


 血塗れになろうが爪が剥がれようが、凄い力で木に指を突き刺し、かきわけている。


 数の暴力といった様子で、360°、あちこちから恐ろしい音が聞こえ、オスカーでさえも震え上がってしまった。


「どんなホラー映像!? パルスの街中でこんな目に合うとは思ってなかった」

 指が使えないならばと歯で木を食い千切る様は、まさに地獄絵図だ。


 オスカーは剣を握り、可能な限り魔力を放出する。けれど街中には緑も少なく、うまく魔法が振るえない。尚且つオスカーの魔力も王城にてかなり使われ、残り少ないため、どんどんと侵略が進んでしまう。


 何本も魔力回復薬を飲んだが、さすがのオスカーもヘトヘトで、額には汗が浮かび上がっている。


「甘過ぎて気持ち悪い……」

 セシルに調合してもらった薬なのだが、味は良いけれど甘過ぎて胃もたれを起こしてきた。


 何本も飲むものではないなと、オスカーは舌を出す。


(今度別味をお願いしよう、大量に飲むなら薄味、とかね)

 薬を飲みきり、尚も剣を握るオスカーの手が震えてきた。


 魔力切れが近いが、このまま倒れる訳にはいかない。


「オスカー……」

 心配そうなレナンの声に、オスカーは笑顔を見せる。


「大丈夫ですわ、レナン様。貴女だけは何があっても守ります」

 それが自分の役割だ。


 置いてきてしまったキュアに託された大事な役割、オスカーは両手で剣を握りしめる。


 魔力がなくなろうが体が動く限りは死力を尽くす。


 意気込みとは裏腹に、ついには魔法を紡げなくなってしまった。オスカーが生み出した木の壁が全て剥がされ、ついには防御壁のみとなる。


 もはやダメかと思ったその時に、希望が差し込んだ。


「何があった」

 空から降ってきた声は今一番聞きたかったものだ。





◇◇◇





 エリックは動揺を隠せない。


 充分に戦力を持たせ、パルスには行かせたはずだ。


 それなのに、まさかレナン達が街中で大勢の民に襲われてるとは……ただ、パルス国民の様子がおかしいのはすぐにわかった。


「ニコラ」

 エリックが一言命ずると、ニコラが風魔法にて防御壁に群がる民たちを退け、レナン達から引き剥がす。


 それでも尚も近づこうとする者たちを、エリックは氷壁を出して阻み、レナンに手出し出来ないようにする。


 圧倒的な魔力で生み出された氷なので、さすがに壊せそうにないようだ。


 その様子を見て、オスカーはへとへとになりながらも防御壁を解く。


 泣きじゃくるレナンを抱きしめ、エリックはオスカーを見る。


「一体何があった」 


「エリック様、キュアが大変なんです!」

 オスカーの報告に愕然とした。


(なんて事だ……くそっ、ついて来れば良かった)

 公務など後回しにすれば良かった。


 こんなことになるならば帝国の使者など相手にせず、レナンの側にいるべきであったと後悔する。


 何かあってもキュアとオスカーであれば事足りると慢心していた。


「急ぎキュアを助けにいくぞ」

 大事な家臣だ、助けるは主の務めだ。


(しかし、帝国の者が襲ってくるなんて。一体何が目的だ)


 本当かどうかは会っていないからわからないが、名乗るのならば可能性は高いだろう。


 第一皇子達も挑発的であったし、全て狙っていたのだと思うと、怒りが湧き上がる。 


(俺の迂闊で随分と怖い目に合わせてしまったな)

 レナンだけでも先にアドガルムに送り返そうかと思ったが、付き添うのに適任な者がいない。何が起きてるのか分からぬ今、傍を離れることも心配だ。


 この場で任せるとしたら……


「オスカー、レナンを任せたぞ。俺は先にキュアの様子を見に行くが、お前はこいつらと共にパルスの王城に来い」


「ですが……」


「ニコラが先導し、お前らを守るから安心しろ」

 兵を分散するよりも、一緒の方が安心だ。


 何かあれば自分も引き返し、レナンだけでも守るつもりだ。


「わかりました」

 決意を込めて頷くオスカーに、ニコラが魔力回復薬を渡す。


「いや、これもう味に飽きちゃって」

 ニコラの好意は嬉しいし魔力も切れているけれど、すでに飲み過ぎている状態だ。

 下手すれば口から出そう。


「飲みなさい。その体たらくでレナン様を守れるとでも?」

 ニコラの圧に涙目になりながらも、オスカーは渡された薬を飲み干した。


 オスカーが顔を青くさせながらも回復したのを見て、エリックはグリフォンと共に空へと飛ぶ。


 見下ろす街並みにはまだ蠢く人々が大勢おり、その中にはアドガルム兵も混じっていた。


「こうまで多いと避けるのは出来ないかろ……やむを得んな」

 エリックは大通りに強大な氷壁を築いた。そうして王城へと続く道を作っていく。


 時には人を巻き込み、動きを封じながら。


「後で必ず助ける、今は辛抱してくれ」

 レナン達と共に行くにはこうするしか思いつかなかった。








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