「いやいや、まさかこんなにたくさんだなんて……嘘でしょ?!」
街中を駆けるオスカーは、まさかの事態に命の危機を感じていた。
街の者もみな城内にいた人間と同じように、虚ろな目をして徘徊しているのだ。
その中にはアドガルムから寄越された兵も混じっているため、レナンは仕方ないにしろ騎士団すらも震えてしまっている。
大の男たちが震えるなんてと叱咤の気持ちが湧き上がるが、考え直した。
(この状況では無理もないわね、そこら中に敵がいるようなものだから)
とにかく静かに通り過ぎなくてはならないのだが、この緊迫感は半端ない。
認識阻害の魔法で自分たちの姿は見えなくしているが、触れられたら見つかってしまう。
そうなれば終わりだ。
慎重に歩くものの、国中の人を集めたかのような人の多さに、進むのすら難しい。
そしてどうしても馬に乗ってでは細かい制御が出来ない、どうしても避けきれず、ついに気づかれてしまった。
「固まれ! けして離れるな!」
オスカーが皆を囲うような、巨大な防御壁を張る。
馬で駆け抜けて逃げようとも思ったが、人が多すぎて断念する。
(ここにいる殆どは罪もない人達、ならば攻撃するわけにはいかない)
防御壁と、そして木の壁を作り、耐え凌ごうとする。
「せめてニコラが来てくれたら……」
ニコラとの通信を先程からずっと試みているが、風の音しかしない。
「レナン様とラフィアを中心にし、陣形を取れ! 俺の魔力がどこまで持つかわからん!」
痛みを感じないのか、住人たちは素手で木を引き剥がしていた。
血塗れになろうが爪が剥がれようが、凄い力で木に指を突き刺し、かきわけている。
数の暴力といった様子で、360°、あちこちから恐ろしい音が聞こえ、オスカーでさえも震え上がってしまった。
「どんなホラー映像!? パルスの街中でこんな目に合うとは思ってなかった」
指が使えないならばと歯で木を食い千切る様は、まさに地獄絵図だ。
オスカーは剣を握り、可能な限り魔力を放出する。けれど街中には緑も少なく、うまく魔法が振るえない。尚且つオスカーの魔力も王城にてかなり使われ、残り少ないため、どんどんと侵略が進んでしまう。
何本も魔力回復薬を飲んだが、さすがのオスカーもヘトヘトで、額には汗が浮かび上がっている。
「甘過ぎて気持ち悪い……」
セシルに調合してもらった薬なのだが、味は良いけれど甘過ぎて胃もたれを起こしてきた。
何本も飲むものではないなと、オスカーは舌を出す。
(今度別味をお願いしよう、大量に飲むなら薄味、とかね)
薬を飲みきり、尚も剣を握るオスカーの手が震えてきた。
魔力切れが近いが、このまま倒れる訳にはいかない。
「オスカー……」
心配そうなレナンの声に、オスカーは笑顔を見せる。
「大丈夫ですわ、レナン様。貴女だけは何があっても守ります」
それが自分の役割だ。
置いてきてしまったキュアに託された大事な役割、オスカーは両手で剣を握りしめる。
魔力がなくなろうが体が動く限りは死力を尽くす。
意気込みとは裏腹に、ついには魔法を紡げなくなってしまった。オスカーが生み出した木の壁が全て剥がされ、ついには防御壁のみとなる。
もはやダメかと思ったその時に、希望が差し込んだ。
「何があった」
空から降ってきた声は今一番聞きたかったものだ。
◇◇◇
エリックは動揺を隠せない。
充分に戦力を持たせ、パルスには行かせたはずだ。
それなのに、まさかレナン達が街中で大勢の民に襲われてるとは……ただ、パルス国民の様子がおかしいのはすぐにわかった。
「ニコラ」
エリックが一言命ずると、ニコラが風魔法にて防御壁に群がる民たちを退け、レナン達から引き剥がす。
それでも尚も近づこうとする者たちを、エリックは氷壁を出して阻み、レナンに手出し出来ないようにする。
圧倒的な魔力で生み出された氷なので、さすがに壊せそうにないようだ。
その様子を見て、オスカーはへとへとになりながらも防御壁を解く。
泣きじゃくるレナンを抱きしめ、エリックはオスカーを見る。
「一体何があった」
「エリック様、キュアが大変なんです!」
オスカーの報告に愕然とした。
(なんて事だ……くそっ、ついて来れば良かった)
公務など後回しにすれば良かった。
こんなことになるならば帝国の使者など相手にせず、レナンの側にいるべきであったと後悔する。
何かあってもキュアとオスカーであれば事足りると慢心していた。
「急ぎキュアを助けにいくぞ」
大事な家臣だ、助けるは主の務めだ。
(しかし、帝国の者が襲ってくるなんて。一体何が目的だ)
本当かどうかは会っていないからわからないが、名乗るのならば可能性は高いだろう。
第一皇子達も挑発的であったし、全て狙っていたのだと思うと、怒りが湧き上がる。
(俺の迂闊で随分と怖い目に合わせてしまったな)
レナンだけでも先にアドガルムに送り返そうかと思ったが、付き添うのに適任な者がいない。何が起きてるのか分からぬ今、傍を離れることも心配だ。
この場で任せるとしたら……
「オスカー、レナンを任せたぞ。俺は先にキュアの様子を見に行くが、お前はこいつらと共にパルスの王城に来い」
「ですが……」
「ニコラが先導し、お前らを守るから安心しろ」
兵を分散するよりも、一緒の方が安心だ。
何かあれば自分も引き返し、レナンだけでも守るつもりだ。
「わかりました」
決意を込めて頷くオスカーに、ニコラが魔力回復薬を渡す。
「いや、これもう味に飽きちゃって」
ニコラの好意は嬉しいし魔力も切れているけれど、すでに飲み過ぎている状態だ。
下手すれば口から出そう。
「飲みなさい。その体たらくでレナン様を守れるとでも?」
ニコラの圧に涙目になりながらも、オスカーは渡された薬を飲み干した。
オスカーが顔を青くさせながらも回復したのを見て、エリックはグリフォンと共に空へと飛ぶ。
見下ろす街並みにはまだ蠢く人々が大勢おり、その中にはアドガルム兵も混じっていた。
「こうまで多いと避けるのは出来ないかろ……やむを得んな」
エリックは大通りに強大な氷壁を築いた。そうして王城へと続く道を作っていく。
時には人を巻き込み、動きを封じながら。
「後で必ず助ける、今は辛抱してくれ」
レナン達と共に行くにはこうするしか思いつかなかった。