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10 REX-BEATs:トライアル

第141話・桃源郷

 拠点“しっぽの家”を出発してから二週間ほど経った頃、ティラノたち一行は火山の麓にたどり着いていた。


 ティラノとアクロ、そしてメデューサ、ウェアウルフ。

 彼女たちが目指すのは幾多の英霊が眠る墓場、地球のエネルギーと歴代の恐竜たちの魂が集まる聖域だ。


 目的は、折れた木刀の代わりになる新しい武器を探す事。


 ――これは、立場を超えて手を取り合った、恐竜人ライズと魔族の冒険譚。





「暑っちいな……」


 赤くグツグツとたぎる溶岩が川のように流れ、ところどころで間欠泉が噴きだしていた。


 おおよそ道などと呼べるものは存在せず、ゴツゴツとした岩場が延々と続く。枯れ木すらもないその場所には、生命の痕跡は皆無だった。


 これにはさすがのティラノも特攻服を脱ぎ、ボンタンの裾を上げて涼をとるのに必死だった。


 見た目は、奇しくもルカのバミューダに近いものがある。


「アクロは平気なのか?」


 今回、アンジーの推薦もあってティラノの旅に同行しているアクロカントサウルスの恐竜人ライズであるアクロ。


 真っ白いローブに揺れるのは、腰まで伸びた赤い髪。

 羽織っているケープレットは風にそよぎ、この灼熱地獄の中でも一種の清涼感を振りまいていた。


「なんて事もなかよ」

「マジかよ……」


 メデューサとウェアウルフに至っては暑苦しいローブはとっくにどこかに捨て『ちょいとコンビニにアイス買いに行ってくるわ~』といった軽装になっていた。


「なあ、メデューサよ……」

「なんざます?」

「涼じぐなる魔法ってねえが?」


 ウェアウルフは、舌を出して『ハッハッハッ』と体温調節に忙しいようだ。


「犬っち、見ているだけで暑そうだぜ。毛皮着てるもんな」

「犬言うな。毛皮言うな。聞くだげであづいわ」

「……脱げば?」

「脱げるか!」


 この暑さに加え、ティラノとウェアウルフの掛け合いにはメデューサも辟易していたと見える。『魔力は温存しておきたい』と言いながらも、パーティの周りにだけ風を吹かせ始めた。


「これで少しだけましになりんす。あとは我慢しておくんなんし」


 溶岩が視界に入り、熱気を感じたあたりから保険的に魔障壁マジック・バリアを張っていたメデューサ。

 簡易的なものとはいえ二種類の魔法を同時に行使するのはなかなかできる事ではないらしい。


「間欠泉には気をつけるざます。魔障壁マジック・バリアでは熱湯を防御する事はできんせん」

「そうは言うけどよ、どうすれりゃいいんだ?」

「……勘と勢いで避けてくんなまし」

「なんか亜紀っちみてぇだな……」

「一緒にされるのははなはだ不本意でありんす」


「「……」」


 少し会話をすると黙り、暑さに悶えながら歩く。気を紛らわす為に誰ともなく会話始めるが、やはりすぐに黙る。


 道中を黙々と進み四~五時間もたった頃だろうか、ティラノは突然足を止めた。


 なにが起こったのかわからずに、辺りを警戒するウェアウルフ。


「ティラノ、どうじだ?」


「……なんか、聞こえねぇか?」


「なんがっで……? メデューサ、聞こえるが?」

「いいえ、なにも」


 ティラノは棒立ちのまま耳を澄ませた。本当になにか聞こえているのか、それとも暑さにやられて幻聴でも聞こえているのか。


 メデューサには判断ができず、ティラノの反応を待つしかなかった。


「声……なんか、優しい声だ」


 ティラノは操られているかのように歩きだした。目を合わせ、首を傾げるメデューサとウェアウルフ。


 こうなると、黙ってついていくしかない。崖を登り、道なき道を進む。そして、先ほどまで歩いていた灼熱の岩場が眼下に見えて来たころだ。


「すげぇ……」

「なん……ざますか……」


 目の前に広がる”神域“とも言える風景に、そこにいた全員が目と言葉を奪われてしまった。


 雑草の一本すら生えていなかった溶岩道を超えた先にあったのは、色鮮やかな花が咲き乱れ、光がキラキラと降りそそぐ平地だった。


 心地よく澄んだ空気の中、奥の方には霧に包まれた滝が見える。足元を流れている細いせせらぎの水源なのだろう。



 ——ここは、太陽に照らされて虹が煌めき、花びらが穏やかな風と踊る別世界だ。



「山頂の方ば霧で見えねぇな」

「しかし、火山なのにこんな事とってあり得るのざますか?」


 メデューサの疑問はもっともだった。常に噴煙を吐き溶岩が流れる火山帯で、これほどまでに風光明媚な場所が存在すること自体がおかしい。


「ご先祖様の力だ……」


 ティラノは、ポツリとひと言だけ漏らすと、滝の方へ歩きだした。

 ウェアウルフは大剣を抜きあとに続く。余りに無防備なティラノの代わりに、辺りへの警戒を強めたのだろう。


「おい、ディラノ。もうぢょっど警戒じろよ」

「なにかあっては亜紀さんに申し訳が……。いえ、わっちのラミアの安否に関わる事でござりんす。もっとしっかりと周りを見ておくんなんし」 

「あ、ああ、すまない……」


 滝に近づくにつれ、水が叩きつけられる爆音とともに湿気を帯びた空気が漂ってくる。

 肌寒さを感じ、ローブを捨ててきたことを後悔するメデューサとウェアウルフ。


 その滝の上の方は霧で覆われ、一体どのくらいの高さから落ちてきているのかすらわからない。


「この先から聞こえるんだよな」


 と言ってティラノが指さした先には滝つぼがあった。


「滝の中に入れっで言うのが?」

「多分。俺様の剣もそこにある……気がする。ような~しないような~」


 どうやら、ティラノにもハッキリとしたことはわからないらしい。


「——待って!」


 先に進もうとするティラノとウェアウルフを止めるメデューサ。


あねっち、どうしたんだ?」

「……あそこに、誰かいるざます」


 滝つぼを挟んで反対側、背の高い木々が邪魔になって見えにくかったが、そこには確かに予期せぬ者たちがいた。


 これにはメデューサも驚き、咄嗟に構える。


 そこにいたのは……ガイアが広域サーチで確認した、魔王軍の黒点二つだった。



「なぜ……あなたたちが、このような場所にいるのでありんすか」

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