戦いとは無縁に思える美しきこの神域で、小競り合いを繰り広げた魔王軍の四人。
そんな魔族たちのキャッキャウフフをぼけ〜っと見ていたアクロがボソッと口を開いた。
「みんな元気っちゃね~」
アクロは呆れながら、岩陰にたたずむように生えている一凛の白い花に語り掛けていた。
彼女は、
ただ単に静かな環境に身を置きたいだけの、
「なんね~、水遊びは終わったと?」
「おう、水が
アゴチョキでドヤって見せるティラノ。誰の影響かは知ら……ま、これはアンジーだな。
アクロは、単純に“接しにくい”と思われてしまう静寂主義者ではあったが、むしろティラノは積極的にコミュニケーションを心掛けていた。
これは、初めてガイアに会った時に自身が持ってしまった偏見を猛省して、『ヒトを見た目で判断しない』と強く心に刻んでいるからだと思う。
結局この騒動は、ミノタウロスたちはメデューサたちの事を『ティラノを捕虜にしている』と思い込み、メデューサたちはミノタウロスたちの事を『待ち伏せしていた敵』と思い込んでいただけの勘違いだった。
もちろん
それでも、白亜紀に来てからのお互いの状況を知らないままでは、仕方のない事なのだろう。
「ところでミノっちよう、なんでここにいんだ?」
「お主との再戦の為に、武器を探していてな」
「お、奇遇じゃねぇか!」
ミノタウロスたちに助けられたあと、ドライアドと闘い、
ティラノはこれらを
……しかし、そもそもが詳細な言葉選びを苦手とする彼女の事、『どーん』とか『ズババッ』とか支離滅裂なよくわからないオノマトペ説明が大半を占めていた。
「バルログはマジで強かったぜ、ズドドドンってかんじ。ま、結局倒したのはベルノなんだけどよ」
「え……ベルノって、あの時の猫幼女でヤンスよね?」
「おう、アイツも強え~ぞ」
顏を見合わせるミノタウロスとリザードマン、さすがに信じられぬと言った様子だ。そしてそこに、更に混乱を誘うメデューサの一言が飛びだした。
「今バルログは、そのベルノさんの配下になっていますわ」
「うむむ……魔王軍最強の一角であるバルログにいったいなにがあったのだ」
「ベルノには俺様も
日常会話で使う『かなわないな~』という一言。これは“思い通りに行かない”という意味の軽い言葉だ。
しかし、骨の髄から魔族思考であるミノタウロスとリザードマンは、“ベルノはティラノが勝てないほどの屈強な敵”と解釈してしまったようだ。
「……なにやら恐ろしい猫幼女でヤンスな」
様々な要素が絡んだよくわからない話が続いたが、とりあえず木刀が折れた原因は伝わった。
ティラノは滝の方に目を向けると、指差しながらミノタウロスに質問した。
「この滝の中から声が聞こえるんだけどよ、ミノっちもか?」
「やはりなにかあるのか……。ワシは声でなく、強い力を感じるのだ」
ミノタウロスが白亜紀に降り立った時、ティラノの
魔法主体の魔王軍にあって、
「ミノはん、『こっちから力を感じる』ってずっと言っていたでヤンスよ」
「しかし滝の中とは思わなくてな。しばらくうろうろしておったのだ」
「でもよ、ミノっちまでこの中って感じたんなら、間違いねぇだろ」
「——なあ、それっでばディラノとミノで武器の争奪戦ってことにならないが?」
みんなが考えないようにしていた事を、アッサリと口にするウェアウルフ。その一言を受け、ミノタウロスは考え込んでしまった。
「ティラノと戦う為には、やはり力をだし切れる武器が必要。しかし武器の無いティラノと闘う意味はない。うむ、ワシはどうすれば……」
「なに言ってんだよミノっち。おまえ、相変わらずマジメか!」
「ティラノ……?」
「行くだけ行ってから考えりゃいいんだよ。迷ったらガチンコで決めようぜ!」
なんともティラノらしい回答だった。『もちろん俺様が勝つけどな!』と付け加え、拳を突きだす。
「あら、ティラノさんイケメンですわ」
「う……ディラノがライバルになるのが?」
メデューサの軽口に悩むウェアウルフ。どうやらこちらもマジメだったようだ。
「お主を見ていると、悩むのが馬鹿らしくなるな」
笑いながら拳を合わせるミノ。その腕には、あの日ティラノから渡された赤いハチマキが巻かれていた。
「なんだよ、それって誉め言葉なのか?」
〔――誉れととるか名折れととるか、それはお主次第じゃ〕
突然、聞いたことの無い老齢の声が響いた。それも六人全員の頭の中にだ。『誰かのいたずらか?』と顔を見合わせるティラノたち。
アクロもこれには動揺を隠せず、立ち上がって警戒を強めた。
〔――力を見せよ。さすれば
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(注1)キエティズム(仏)/クワエティズム(英)
心の平和あるいは静けさ、穏やかさ、無関心、無気力、冷静さ等の意味で使われる。元々は人物の名前。
(注2)水端 —みずはな・みずばな—
1 水の出はじめのときや部分。
2 物事の最初。出はじめ。はじまり。