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惨劇の再現

惨劇の再現①

警視庁 市目鯖しめさば警察署 取調室

机を挟んで向かい合うように座る2人の男性。1人は黒いスーツに身を包んだ中年の刑事。もう1人は、肩まである青い長髪で灰色のパーカーを着た20代前半の若者。視線が左右に泳ぎ、頬がこけたその様子から、平常ではないことを刑事は悟った。


若者はうつむき、刑事と目を合わせないようにしながら口を開く。



若者「僕がやりました……胃之頭いのかしらさん家族を殺したのは僕です。家の中に入って包丁で殺しました。玄関でお母さんを刺して、リビングでお父さんを刺し、お父さんが抱えていた赤ん坊と、逃げようとした男の子も刺しました」



若者の言葉を聞き、左手で額を抑える刑事。



刑事「胃之頭さんの住所は東京都 市目鯖区 尾鰭おひれ 1−25−2ですが、アナタのご認識に間違いないでしょうか?」


若者「はい。その辺りだと思います」


刑事「……混乱するかもしれませんが、落ち着いて聞いてくださいね。全く同じ理由で出頭してきた方が、ここ数カ月でアナタの他に3人います。ですが、胃之頭一家殺人事件は16年前に解決してるんです」



−−−−−−−−−−



怪異研究機関「りょう」 市目鯖支部 応接室

ローテーブルの上、皿に乗せた円形のバウムクーヘンを手で2つに割って片方を端から食べる、黒スーツ姿の歯砂間はざま リョウコ。バウムクーヘンの食べかすが、座っているソファの上に落ちる。向かい側のソファにはブレザーを着たシゲミ。


歯砂間は食べかけのバウムクーヘンをシゲミに差し出す。



歯砂間 「食べる?」


シゲミ「食べませんし、渡すなら口をつけてないほうにするのが常識じゃありません?」



食べかけのバウムクーヘンを口に詰め込み、もう一方にかじりつく歯砂間。



シゲミ「で、今回呼び出した理由は何でしょう?また怪異の駆除ですか?」



歯砂間はバウムクーヘンを全て飲み込み、語り出す。



歯砂間「ちょっと違うんだ。今回シゲミさんには……なんて言うか、いざというときの切り札としてスタンバっててもらいたいんだよね」


シゲミ「切り札?何だかかっこよくて、悪い気はしない表現ですね」


歯砂間「というのも、クソ面倒くさい案件を本部から丸投げされてさ。怪現象の調査と解決の依頼なんだけど、ただ爆弾でドカーンと吹き飛ばすだけじゃ達成できなさそうなんだよねぇ」


シゲミ「面倒なら断っちゃえばいいじゃないですか」


歯砂間「組織で生きていくには我慢しなきゃならないこともあるのよ……しかもその案件ってのが警察からの依頼でね。『魎』としては初めてのことなんだ。本部の上層部は警察とコネクションを作りたがっていたから、今回をチャンスと考えてる。だから断れないし絶対に達成したいみたいなんだよね」


シゲミ「そこまで重要な案件なら本部の人たちで対応すればいいのに」


歯砂間「本当にソレ!でも本部より市目鯖支部のほうが怪異を駆除・捕獲した実績が多いから、丸投げされちゃったんだよねぇ。まぁ、これも全部シゲミさんたち家族の活躍あってのことだけど。それに怪現象の発生場所の最寄りが市目鯖支部というのも丸投げの理由の一つ」


シゲミ「具体的にどんな依頼なんですか?」


歯砂間「警察に、『胃之頭という一家を殺害した』と出頭してくる人が立て続いてるんだ。その原因の究明と解決」


シゲミ「立て続いてる?同じ家族を殺した人が……?」


歯砂間「警察も意味がわからなくて私たち『魎』を頼ろうと思ったみたい。しかも、出頭してきた人たちの中に犯人はいなくて、本当の犯人は16年前に逮捕されている。現在は拘置所の中。証拠も揃ってるし、本人も殺したと自供しているから冤罪でも何でもない。つまり胃之頭一家殺人事件はすでに解決済み」


シゲミ「犯人は逮捕されている、解決済みの殺人事件……」


歯砂間「シゲミさんはどう思う?」



左手の人差し指で唇を触り、思案するシゲミ。



シゲミ「仮説を立てるために確認したいことがあります。犯行現場は?」


歯砂間「胃之頭一家の自宅だと聞いている」


シゲミ「今もその家は残ってるんですよね?」


歯砂間「あるよ。出頭した人たちはみんな動画配信者で、今も残っている胃之頭一家の家に不法侵入していたらしい。心霊スポットだのなんだのとネットに書き込んだヤツがいっぱいいるみたい」


シゲミ「……出頭した人たちは胃之頭一家の殺人を犯人の視点で疑似体験してしまったのかもしれません。自身が死んだ瞬間を、死んだ場所で何度も繰り返す幽霊がいます。胃之頭家に不法侵入し、そのループに巻き込まれてしまった」


歯砂間「なるほどね。怪異暗殺のプロの意見、ありがたく頂戴するよ。ただプロの意見といえど仮説は仮説。これからは『魎』の調査員を使って詳細を探ることになる」


シゲミ「調査員?」


歯砂間「『魎』の調査員は怪異が発生した現場に行き、その特性などを調べて本部へ報告する職員のこと。本部は調査員の報告をもとに怪異の駆除・捕獲計画を立案する。『魎』の職員のうち『調査員』という肩書きで在籍している者が最も多く、全体の8割くらい。なんで数が多いか、わかる?」


シゲミ「手元に情報がない状態で怪異と接触し、死ぬ可能性が高いから」


歯砂間「そう。正確に言うと、調査員は戦闘訓練を積んだ経験や研究機関での勤務経歴といった特殊な経験・技能が求められない職員でね。割と誰でもなれちゃうの。前科があって職に就けない人間でさえも調査員として採用しているくらいだし。これくらいハードルを下げてでも数を集めないと、怪異相手じゃ何百人も犠牲を出したのに情報を1つも得られませんでした、なんて状況になりかねないからさ」


シゲミ「闇深やみぶかね」


歯砂間「おっしゃるとおり。派遣した調査員が死んだことで怪異の危険性を確認し、対応計画を立案することもあるくらいだからね。まさに使い捨て。市目鯖支部にも調査員がいるんだけど、今回は本部からの最低限の協力として、本部直下の調査員を寄越してくれることになった。市目鯖支部は人員が少ないから、これはありがたい」


シゲミ「その調査員が胃之頭家を調べて原因を突き止めて、後は『魎』で研究するなり何なりすれば良いのでは?私の出番はないように思えますが」


歯砂間「『魎』という組織としてはそれで完了なんだ。でも私個人としては大きな問題があるの。シゲミさんに来てもらったのは、私個人の問題を解消してもらうため」


シゲミ「どんな?」


歯砂間「本部から来る調査員を生きたまま胃之頭家から救出してほしい。家ごと破壊してもらっても構わない」

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