シゲミ「さっきの話と矛盾しますね。調査員は怪異と接触して死ぬ前提で雇っているのでは?」
右手の人差し指で頬をかく
歯砂間「よりにもよって、本部が選んだ調査員ってのが私の幼なじみなんだよねぇ。小中の同級生。珍しい子だったから研究……よく一緒に遊んでた」
シゲミ「いま本音を吐露しかけましたね?」
歯砂間「私も彼女も『
シゲミ「完全に私情ね。もしその調査員を助けちゃったら、
歯砂間「いーの!これだけ本部から嫌がらせみたいなことされてるんだから、私の好き勝手にやらせてもらう!こうしてシゲミさんに話してるのも本部の許可なくやってることだし!」
シゲミ「組織で生きるには我慢も必要って言ってたのに……」
歯砂間「何なら律儀に調査なんかせずシゲミさんに家ごと吹き飛ばしてもらって、『ガス爆発が起きて調査できませんでした』なんて言わないだけありがたいと思ってほしいわ!」
シゲミ「歯砂間さんってもっと冷淡な人なんだと思ってました。友達のために感情的になれるんですね。歯砂間さんがそこまでして助けたい友達がどんな人か知りたい」
歯砂間「もちろん紹介するよ。あと1時間後くらいに到着する予定だから、少し待っててね」
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1時間後
歯砂間の友達という調査員が応接室に入り、歯砂間の横に座った。金髪を頭の上のほうでツインテールにし、髪型に不釣り合いな黒いスーツを着た女性。小柄で幼く見えるが、歯砂間と同級生ということは年齢は30代前半。
歯砂間「紹介するね。
カカカは満面の笑顔でシゲミに向かって敬礼をする。
カカカ「加行 カカカです!よろしく!シゲミっちは『魎』で有名人だからよーく知ってるで!」
シゲミ「シゲミっち……」
歯砂間「カカカはちょっとだけ人との距離感がバグってるんだ。最初は慣れ慣れしいと思うかもしれないけど、すぐに打ち解けられるよ」
カカカは敬礼していた手でシゲミの右手を握り、大きく握手した。
歯砂間「カカカ、調査の方法は聞いてる?」
カカカ「聞いとるよ!何とかさん家に入ってカメラを仕掛けて、24時間生活すればええんやろ?超余裕やん!」
歯砂間「胃之頭さんね。ただ胃之頭家では何らかの怪現象が起きていて、入った人はみんな精神を壊してしまっているみたい。今回の件は私に一任されているから、本部にはカカカが調査したってウソの報告をして、シゲミさんに家ごと消し飛ばしてもらうこともできるよ」
カカカはシゲミとの握手を止め、手のひらを歯砂間に向けた。
カカカ「アカン!歯砂間っち、ズルはアカンよ!アタシは『魎』の調査員!オバケの情報を1つでも集めるのが仕事!正々堂々、自分の役割を果たしたる!」
歯砂間は呆れた表情でシゲミのほうを見る。
歯砂間「この子、昔からこうなの。正義感が妙に強くて。良いことなんだけど、あまりに真っ直ぐすぎて時々心配になるんだよね」
カカカ「大丈夫やって!アタシ柔道3段やで?オバケが出てきたら
シゲミ「……」
歯砂間「わかった。カカカには来てもらったところ申し訳ないけど、今日は顔合わせだけ。調査は3日後に行う。準備する時間がほしいから」
カカカ「ええで!」
歯砂間「シゲミさんも3日後にまたお願いできるかな?時間と場所は後で連絡するから」
シゲミ「わかりました」
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3日後
住宅街の中を走る黒のワンボックスカー。運転しているのは歯砂間。助手席にシゲミ、後部座席にカカカが座っている。歯砂間は路肩に車を停めた。シゲミの左側、助手席の窓から高さ10mはあろう巨大な白い壁が見えた。立ち並ぶ家の中、異質な建築物だ。
歯砂間「胃之頭家の四方を厚さ20cmのコンクリート防壁で囲った。3日もらったのはこの防壁を建設したかったから。調査中に不審者の侵入を防ぐためって建前で作ったけど、本当の目的はシゲミさんが家を爆破したときに隣家への被害を防ぐこと」
シゲミ「ずいぶんと大がかりなことをしましたね」
歯砂間「周囲に被害さえ出さなければ何とでも言い訳できるからね。急ピッチで作ったから耐久性にやや不安はあるけど……まぁ大丈夫でしょ」
カカカが後部座席から、運転席と助手席の間に顔を出す。
カカカ「家を囲ったんなら、どうやって中に入ればいいん?」
歯砂間「防壁の一部に扉を作ってある。そこを開けて入れば胃之頭家の玄関前に出られるから」
カカカ「んオッケぃ!」
歯砂間「電気、ガス、水道は通っていない」
カカカ「わかっとる。食料も懐中電灯も用意しといたわ」
歯砂間「玄関の外、すぐ右脇に仮設トイレを作ったから、お花はそこで摘んでちょうだい」
カカカ「りょ!」
歯砂間「家の中に入ったら、真っ先にカメラを設置して。主要な部屋の天井には全て。カメラで撮影した映像はリアルタイムで車内のモニターに表示される。異常が起きたらすぐにシゲミさんが突入するからね」
カカカ「わかってるってぇ!歯砂間っちは相変わらず細かいなぁ!オカンか!」
歯砂間「心配だから言ってるの」
カカカ「安心せーよ。なぜならこのカカカ、柔道3段なんやから」
カカカは食料などを入れたリュックサックを背負い、ヘッドセットをつけて後部座席の扉を開けると、車外に飛び出した。スキップしながらコンクリート壁に近づくカカカ。歯砂間の言ったとおりコンクリート壁の片隅にドアノブがついており、開閉できるようになっている。カカカはドアノブに手をかけた。