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恋の助言者②

PM 5:17

化学実験室の扉が外から3回ノックされ、開く。長身の男性が入ってきた。ベリーショートが良く似合う濃い目の整った顔立ち。黒いワイシャツとベージュのチノパンに身を包んでいる。シゲミが電話で呼び出した、彼女の父親である。



ゴウシロウ「いつもシゲミがお世話になっています。初めまして、私は父のゴウシロウです。今日は恋の助言者アドバイザーとして参りました。私に相談したいっていう……トシキくんは?」



カズヒロの隣で椅子に座るトシキが「僕です」と右手を挙げる。4人が囲む机に近寄るゴウシロウ。



ゴウシロウ「キミか。眼鏡で坊ちゃん刈り、身長は高くも低くもなく、ややぽっちゃり。見るからに冴えない陰キャ。恋のハウツーを持っていないというのもうなずける」


トシキ「デリカシーないなぁ。シゲミちゃん、本当にこの人がお父さんなの?子供を持つ親の発言とは思えないのだけれども」



机を挟んでトシキの向かい側に座るシゲミが答える。



シゲミ「ええ。正真正銘、私の父」



ゴウシロウはトシキの隣に立ち、右肩に触れた。



ゴウシロウ「トシキくん、キミは陰キャだが恋ができないとは言っていない。私も高校時代は明るいタイプではなかったが同級生と付き合い、結婚までした。その経験を踏まえて、キミをバックアップしよう」


トシキ「そうなんですか。よ、よろしくお願いします」



カズヒロは対面に座るサエに顔を近づけ、ひそひそ声で話しかける。



カズヒロ「なぁ、シゲミのお父さんってなんかその……」


サエ「言いたいことはわかる。人の親に口出すのは気乗りしないけど、第一印象は『この人が自分の父親じゃなくて良かった』って感じ」



ゴウシロウがカズヒロとサエの間に割って入る。



ゴウシロウ「キミたち、私を無職のグータラ親父オヤジとでも思っているのだろう?そりゃそうだ。平日の夕方に呼び出して1時間程度で来られる親父はそういまい。だが信用したまえ。これでも私は3児の父で仕事もしている。定時が決まっていない仕事というだけだ」



ゴウシロウから視線をらすカズヒロとサエ。ゴウシロウは再びトシキに近寄る。



ゴウシロウ「『鉄は熱いうちに打て』ということわざがあるだろう?恋愛は相手を好きだと思ったその日に行動を起こすことが成功の秘訣だよ。まずは相手をよく知ることから始めよう。トシキくん、好きな子の写真は持っているかい?」


トシキ「は、はい!今日隠し撮りしました!」



トシキはスマートフォンの画面にリオの写真を表示し、ゴウシロウに手渡した。



トシキ「リオさんっていうんです。太陽みたいに明るく笑う、かわいい子でしょう?」



リオの写真を見たゴウシロウは険しい表情をする。



ゴウシロウ「まだ写真を見ただけだが、いま私から言えることはたった1つ」


トシキ「なんです?」


ゴウシロウ「この子が太陽だとしたら、キミは深海生物だ。しかもグロテスクなヤツ。そんな生き物が深い海の底から太陽の下に出るとどうなると思う?」


トシキ「どうなるんです?」


ゴウシロウ「水圧と温度の差で死ぬ」


トシキ「……つまり?」


ゴウシロウ「キミは死ぬほど分不相応な勝負をしようとしているバカだ」


トシキ「あっ、ディスるだけなんですね。てっきり太陽と深海生物に例えたクリティカルな助言をくれるものかと期待しちゃいました……」



スマートフォンをトシキに返すゴウシロウ。



ゴウシロウ「キミの勝率は宇宙空間に放り出されたダニを見つけるくらい低い。だが……私はそういう勝ち目のない勝負ほど燃えるたちでね」


トシキ「ゴ、ゴウシロウさん!」


ゴウシロウ「必ずやトシキくんの恋を成就させて見せよう。次にやることは相手の身辺調査だ。生年月日、血液型、家族構成、趣味、習い事、部活動、出身中学、友人関係といった基本的な情報から話題を見つける。そして相手を尾行し1日のスケジュールを把握。話しかけられるタイミングを探るんだ。これで私は妻・トモミのハートを射止めた」


トシキ「ラジャー!」


ゴウシロウ「早速行くぞトシキくん。リオちゃんを追跡だ」



ゴウシロウとトシキは駆け足で化学実験室から出て行った。残されたカズヒロ、サエ、シゲミの3人。



カズヒロ「アホらしー」


シゲミ「帰りましょうか」


サエ「シゲミいいの?お父さん放っておいても?」


シゲミ「平気。父は家にいないことが多くて、帰ってこなくても家族の誰も気にしないから」



−−−−−−−−−−



4日後 PM 7:12

部活動が終わり帰宅しようとしているリオと取り巻きの女子生徒5人。昇降口に差し掛かったところで、リオが5人に声をかける。



リオ「ごめーん、教室に忘れ物しちゃったかも。みんな先に帰ってて」


女子生徒「待ってようか?」


リオ「いや、教室にあるかどうかもわからないから、探すのに時間かかるかも。だから先帰ってていいよー」



女子生徒と別れ、校舎内に戻るリオ。



ゴウシロウ「リオちゃんがガードから離れ孤立した……行くよトシキくん!」



彼女らのやり取りを下駄箱の陰から覗いていたゴウシロウとトシキは、リオに気づかれないよう追いかける。


リオは階段を登り、2年生の教室がある3階の廊下に到着。ゴウシロウとトシキは3階と2階の間にある踊り場で立ち止まった



ゴウシロウ「トシキくん、今こそ話しかけるチャンスだ……準備はいいかい?」


トシキ「はい!リオちゃんは射手座のB型。3人家族で趣味はヤドクガエルの飼育。茶道部に入っている……この情報から話を組み立ててやる!」


ゴウシロウ「よし、それじゃあ」


リオ「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」



コソコソと話す2人の耳に、リオの悲鳴が飛び込んできた。

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