PM 4:16
両隣で椅子に座るカズヒロとトシキ。机を挟んで向かい側にシゲミの父・ゴウシロウが座り、2人に語りかけている。
ゴウシロウ「これは家族にも内緒にしていることなんだが……私はチュパカブラと戦ったことがある」
トシキ「マジですか!?」
ゴウシロウ「12ラウンド戦って私の判定勝ちだった」
トシキ「すごい……」
カズヒロ「誰がジャッジしてたんすか」
実験室の入口扉が開き、シゲミが入室。高校生相手に自慢話をする父がいることに気づき、ギョッとした表情を浮かべる。
シゲミ「父上、なぜここにいる?」
ゴウシロウ「おう、シゲミ。仕事がなくてヒマだから遊びに来たんだ」
シゲミ「学校はいい歳したおっさんが遊びに来るところじゃない。ゲームセンターにでも行け」
カズヒロ「シゲミよー、お前ん家、大丈夫なのかー?お父さんがこんな昼間からプラプラしてて、お金とかさぁ」
シゲミ「心配ない。我が家の収入の99%は祖母、母、私、それから妹たちが稼いだものだから」
ゴウシロウ「まさか成人前の娘たちに収入を追い抜かされるとは思っていなかったよ。はっはっはっ」
大声で笑うゴウシロウを冷ややかな目で見るカズヒロ。ゴウシロウの左隣の椅子に座ったシゲミに、トシキが話しかける。
トシキ「でもゴウシロウさんの話、面白いよ。オカルトに造形が深くて、マニアの僕ですら知らない情報をいっぱい教えてくれる」
シゲミ「全部作り話だから忘れて」
トシキ「えっ!?そうなの!?」
ゴウシロウ「うん。正直オカルトとか興味ないんだよね。仕事の関係で接することはたまにあるけど、プライベートの時間を使ってまで深く調べようとは思わない。でもトシキくんが嬉々として聞いてくれるから楽しくなって、ついウソを重ねまくってしまったよ」
はっはっはっと笑うゴウシロウに、トシキも冷たい視線を向ける。
シゲミ「父上、早く帰って。そこはサエちゃんの席だから。邪魔」
ゴウシロウ「はいはい。でもなぁ、家にいるとお祖母ちゃんにいじめられるからなぁ」
カズヒロ「そういやサエのヤツまだ来てないな。トシキ、何か聞いてる?」
トシキ「いいや。この先1カ月後までのサエちゃんの予定は全て把握してるけど、今日は何も用事はないはずだよ」
カズヒロ「気持ち悪っ」
実験室の扉がガラガラと開く音がし、4人は視線を注ぐ。灰色のパーカーを着て黒いジャージを履いた長身の人物が立っていた。顔は緑色でカマキリそのもの。左脇に気絶したサエを抱きかかえている。
カズヒロ「サエ!何だアンタ!?」
トシキ「カ、カマキリ人間……!?」
カマキリ人間は大きな両目の中心にある黒点を4人のほうへ向け、鋭く尖った口を左右に動かす。
カマキリ人間「爆弾魔シゲミ……この子を返してほしければ着いてこい」
サエを抱えたまま廊下を駆け出すカマキリ人間。シゲミは机の上に置いていたスクールバッグを左肩にかけ、実験室を飛び出す。少し遅れてカズヒロ、トシキ、ゴウシロウも外に出た。
シゲミたちが実験室から出るまでのわずか数秒で、カマキリ人間は廊下の奥、50m以上先まで移動していた。
カズヒロ「アイツめちゃくちゃ速いぞ!」
カマキリ人間は廊下の窓ガラスを開け、飛び降りた。4階だが難なく着地し、正門に向かって猛スピードで駆け出す。
トシキ「普通の人間じゃないよ!僕らの足じゃ追いつけない!」
シゲミ「みんなはここに残って。私が」
ゴウシロウ「待てシゲミ。トシキくんの言うとおり走って追いかけるのは無茶だ……教職員用の駐車場はあるかい?車を使って追いかけよう。私が運転する」
シゲミ、カズヒロ、トシキ、ゴウシロウは校舎裏にある駐車場を目指し階段を下る。その様子を、3階の廊下から2年F組のリオが目撃した。
リオ「……」
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教職員用の駐車場にたどり着いたシゲミたち。黒と白のセダンが2台、横並びで駐車されている。
カズヒロ「アレ、校長と教頭の車だ!黒が校長ので、白が教頭の!」
ゴウシロウ「せっかくなら校長先生の車を借りよう」
ゴウシロウは黒のセダンの窓ガラスを
カズヒロ「借りるっていうかこれ盗難っすよ」
トシキ「よりにもよって校長のを……」
ゴウシロウ「緊急事態だ。校長先生も許してくれるさ」
シゲミ「父上、早く運転を。サエちゃんを見失っちゃう」
ゴウシロウ「……いやダメだ」
シゲミ「どうして?」
ゴウシロウ「この車、マニュアル車だ。私はオートマ車しか運転できない……」
ゴウシロウは校長の車から離れ、教頭の白いセダンに近づき、再び肘で窓ガラスを割る。
ゴウシロウ「……よし、教頭先生のはオートマ車だ。みんなこっちを使うぞ!」
カズヒロ「校長の車、ぶっ壊され損じゃねーか」
割った窓から手を入れドアの鍵を開けるゴウシロウ。運転席に乗り、他のドアのロックも解除する。助手席にシゲミが、後部座席にカズヒロとトシキが乗り込んだ。
トシキ「でもゴウシロウさん、車のキーがありませんよ!どうやって動かすんです?」
ゴウシロウはハンドルの付け根部分を右手で殴り、破壊する。そして露出した配線をつなぎ合わせ、車のエンジンをかけた。
ゴウシロウ「映画で見た。キーがなくてもこうやってエンジンをかけられるんだよ」
カズヒロ「どんどんぶっ壊れていく……」
ゴウシロウはサイドブレーキを上げ、ギアをドライブに入れると、アクセルを思い切り踏んで車を発進させた。