気絶したサエを抱えて車道を走るカマキリ人間。その後ろをゴウシロウが運転する車が追う。車の速度は時速100km近いが、カマキリ人間はそれ以上のスピードで走っており、距離が縮まらない。
トシキ「速すぎるよあのカマキリ人間!」
カズヒロ「つーか一般道で100キロも出してたら警察に捕まるって!」
ゴウシロウ「心配ない。あとで私が揉み消す」
カマキリ人間はさらにスピードを上げ、高速インターチェンジに差し掛かる。料金所のゲートを飛び越え、乗用車やトラックに交じって高速道路に入った。
ゴウシロウも加速。料金所の職員を無視し、通行止め用のバーを破壊して高速に乗った。
カズヒロ「やり過ぎっすよー!」
ゴウシロウ「大丈夫だ。あとで全て揉み消す」
シゲミ「それよりも今はサエちゃんのことだけを考えましょう」
車の速度は時速130kmを超えた。しかしカマキリ人間には追いつかず、いまだに40m以上離れている。
ゴウシロウ「シゲミ、ここからヤツを狙えるか?」
シゲミ「やってみる」
シゲミは足下に置いたスクールバッグからM79 グレネードランチャーを取り出し、助手席の窓ガラスを開けた。そしてシートベルトを外すと車外に身を乗り出し、グレネードランチャーを構える。
カマキリ人間の足に狙いを定めて
シゲミ「ダメね、当たらない。それによく考えたら当たったとしてもサエちゃんを巻き込んでしまうわ」
カズヒロ「よく考えなくてもそれくらいわかってくれ!」
ゴウシロウ「……さてどうするか」
トシキ「このまま追跡し続けるのはどうでしょう?アイツは『着いてこい』って言ってましたから、僕たちというかシゲミちゃんをどこかに案内したいんだと思います。その場所まで追いかけて、到着してからサエちゃんを取り戻す」
シゲミ「罠の可能性もあるわ。アイツのテリトリーに入るのは危険よ」
ゴウシロウ「シゲミ、お祖母ちゃんに連絡して何か知恵を……」
助手席側の外、ブレザーを着た女子高生が長い茶髪をなびかせて車と併走し始めた。その手にはチェーンソーが握られている。
4人は目を大きく広げ、女子高生に視線を注ぐ。
シゲミ「リオ the チェーンソー!?」
トシキ「ヒィィッ!」
ゴウシロウ「ありえない!いま150キロで走ってるんだぞ!?」
シゲミは助手席の窓越しにリオに話しかける。
シゲミ「リオちゃん!どうやってここに!?」
リオ「お前たちを見つけて走ってきた。前のヤツを追ってるんだろ?」
シゲミ「そうよ」
リオ「あれは怪異か?」
シゲミ「おそらく」
リオは舌で唇を一周舐めると、加速して車より前に出た。
ゴウシロウ「何なんだあのバケモノは!?」
シゲミ「同じ学校のリオちゃん。チェーンソーに宿った悪霊の力を借りて身体能力を向上させている」
カズヒロ「向上ってレベルじゃねーぞ!」
リオはカマキリ人間の右横に並ぶと、チェーンソーを振り下ろす。右腕でチェーンソーの刃を受け止めるカマキリ人間。パーカーの袖は切れたが腕は切断されることなく、刃と擦れあって火花を上げる。まさにカマキリの鎌のように腕は鋭く尖り、刃物のように硬質化していた。
リオ「アタシのチェーンソーに
リオは右足で道路を蹴って飛び上がり、空中で体を一回転させた。
高速道路が切れ、高架の一部が落下。真っ直ぐだった道路に登り坂が生まれる。
走っていた車が次々に転落。ゴウシロウはブレーキをかけたが間に合わず、車は宙に飛び出した。
カズヒロ・トシキ・ゴウシロウ「ああぁぁぁ落ちるぅぅぅっ!」
シゲミが助手席の窓から車体の下に安全ピンを抜いた手榴弾を2つ投げ込んだ。手榴弾が爆発した勢いで車の飛距離が伸び、坂の上部に着地する。
シゲミ「父上、アクセル全開!」
ゴウシロウは力一杯アクセルを踏む。車は道路にタイヤ痕を残しながら坂を登り切り、平坦な道に戻ることができた。
カズヒロ「はぁ……はぁ……」
トシキ「し、死ぬかと思った……」
カマキリ人間もサエを抱えたまま坂の最上部までよじ登る。先にサエを坂の上に置き、両腕で自身の体を引き上げようとした。その瞬間、リオがサエにまがたり、カマキリ人間の眼前にチェーンソーの刃を突きつける。
リオ「アタシのチェーンソーの切れ味、わかっただろ?バラバラにされたくなかったら、この子を置いてさっさと失せな」
カマキリ人間は数秒リオの顔を見つめると、体を反転させて坂を滑り降り、高速道路の外へと走り去っていった。
車から降りるシゲミ、カズヒロ、トシキ、ゴウシロウ。4人のところにサエを右脇に抱えたリオが近づき、車のボンネットの上に横たわらせた。
カズヒロとトシキがボンネット上のサエに駆け寄る。
トシキ「サエちゃん!」
カズヒロ「おいサエ!しっかりしろ!」
リオ「死んじゃいねぇぜ」
サエが呼吸しているのを確認し、ホッとため息を吐くカズヒロとトシキ。リオはチェーンソーをシゲミに向ける。
シゲミ「まさかここで戦おうなんて言うんじゃ……」
リオ「違ぇよ。今日はもう疲れた。だが、これは貸しだぜ。今度コンディションが万全のときにアタシから勝負を申し出る。そしたら断らずに受けろ」
シゲミ「……わかった」
リオはチェーンソーを肩に担ぐと、シゲミに背を向けて歩き出す。
シゲミ「リオちゃん、乗ってかない?」
リオ「乗用車は5人乗りだろ?それにお前たちと馴れ合う気はないんでな。歩いて帰るぜ」
リオは高速道路にできた坂を滑り降りていった。
ゴウシロウ「何はともあれ、一件落着だな。みんな、家まで送ろう」
トシキ「ありがとうございます!」
シゲミ「でもまだ油断はできないわね。あのカマキリ人間はどこかに潜んでいる。目的がわからないし、いつ誰が狙われるか……」
カズヒロ「それよりよー、この騒ぎ、どうすんだー?」
シゲミたちがいる道路の対岸、落下した高架の直前で停止する車が渋滞を起こしている。対向車線も同じ状況だ。
シゲミ「大丈夫。私の父はこういう問題を揉み消すのが得意だから。ねぇ、父上?」
ゴウシロウ「う〜ん……今回はかなり手こずりそうだな」
<誘拐-完->