数日後 PM 2:45
自席に座り、赤色のランドセルに教科書類を詰めて帰りの支度をするサシミ。背後から「一緒に帰ろう」と、女子児童が声をかけた。サシミの同級生・ヒカリ。
サシミは「いいよ」と答え、ランドセルを背負って椅子から立ち上がると、ヒカリとともに教室から廊下に出る。
昇降口へ向かい、廊下を歩くサシミとヒカリ。サシミは友人との交流を楽しむタイプではなく、教室では1人で過ごすことが多い。一方でヒカリはクラスの女子のリーダー的な人物。正反対の性格で混じり合うことがなさそうな2人だが、ヒカリは葱吐露小の中でサシミの
ヒカリがサシミに声をかけてくるときは、決まって「物騒なこと」があったときだ。
サシミ「ヒカリ、私に何か伝えたいことがあるんでしょ?」
ニンマリと笑いながら、ヒカリは口を開く。
ヒカリ「6年生に『チーム・クリーンナップ』とかいうアホらしい軍団を作って、街中のチンピラにケンカ売ってる不良たちがいるの、知ってる?」
サシミ「うん、聞いたことある」
ヒカリ「その人たち、2年生にボコボコにされちゃったんだって。ユタカくんって子。20人くらいいたのに、たった1人の年下相手に全滅」
サシミ「ケンカ自慢の不良軍団っていっても、素人の集まりでしょ?」
ヒカリ「サシミにとっては雑魚だろうけど、ただの2年生が1人で上級生20人を叩きのめせると思う?しかもユタカくんって超おとなしくて、ケンカとは無縁そうな子だったらしいよ」
サシミ「……妙だね」
ヒカリ「でしょ?それ以来、6年の不良はみんなユタカくんの子分みたいになっちゃって。放課後は夜までずっと公園で遊んでるらしいんだよね。他校の不良もどんどん合流して、先生も保護者も手がつけられないんだとか」
サシミ「ふーん。で、それを私に話したかったの?」
ヒカリ「ただ世間話をしたかったわけじゃないよ。重要なのはここから。このユタカくんの件がPTAで議題に上がってさ。何とかして止めようってことになったそうなの」
サシミ「で?」
ヒカリ「何十人もいる不良をかいくぐってユタカくんに接触できるのはサシミくらいでしょ?だからサシミにユタカくんの様子を見てきてほしいんだって。できれば説得もしてほしいって。うちのママからのお願い」
サシミ「ヒカリのお母さん、PTAの会長だったね」
ヒカリ「そう」
サシミ「本来なら断ってる。私の仕事は怪異の駆除で、不良少年を更生させることじゃないから。でも」
ヒカリ「でも?」
サシミ「ユタカくんの性格が明らかに変わってるのが引っかかる……怪異の仕業かもしれない」
ヒカリ「じゃあ引き受けてくれる?」
サシミ「……とりあえず、様子は見てくるよ」
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PM 8:08
小雨が振る住宅街を走るサシミ。夜の闇に溶け込むため、黒いニット帽と上下黒のジャージに身を包んでいる。
ヒカリから教えてもらった、ユタカたち不良がたむろしている公園にたどり着いた。外周がランニングコースになっている大きな公園で、中央は小さな山のように盛り上がり、木々に覆われている。一部だけ遊具が置かれた広場になっており、ユタカたちは毎晩そこに集まっているとのこと。
サシミは木の陰に隠れながら広場を目指す。その途中、金属バッドを持った少年が数名うろついているのを発見した。よそ者が近づけないよう、見張りをしている。
見張りの少年に見つかって応援を呼ばれると厄介だと感じたサシミは、木の陰から仕込み針を、1人の少年に向けて投げた。首の付け根に針が刺さった少年は、その場で崩れ落ちる。サシミが近寄り、首筋に左手の人差し指と中指を当てた。脈はあり、死んでいない。寝息を立てている。
サシミは戦う際、仕込み針を使う。縫い物に使う針と比べて非常に太く、人間はもちろん怪異を殺傷することが可能。しかし、サシミが少年に向けて投げた針は、普段使っているものよりも遙かに細い医療用の針。血流を促進するツボに針を刺し、体をリラックスさせて眠らせたのだ。
サシミ「殺し屋として食えなくなったときのために勉強しておいた鍼灸の知識が、こんな形で役立つなんて」
サシミは少年の首から針を抜き、再び闇に紛れた。木々の間を移動しながら、他の見張りの少年たちを次々に眠らせていく。公園に入ってからおよそ5分程度で見張りを全員制圧し、広場を発見した。
木の上によじ登り、広場を眺めるサシミ。中央に小学校高学年から中学生くらいの少年少女がおよそ50人、それぞれ自転車にまたがって円を作っている。彼らが取り囲んでいるのは、1人の少年。カバを模したスプリングアニマルの上に腰掛けている。他の子供たちと比べて明らかに小柄で年少。その少年がユタカだとサシミは悟った。