惨殺された
ミキホはコウジを含む篠皮家の情報を入手していたが、あえてシゲミに渡さなかった。コウジの事件後の行動から、彼が怪異に関係している可能性があると推察したミキホ。シゲミより先にコウジを発見し、怪異につながるより詳細な情報を確保、あるいはコウジが怪異であるならば始末しようと考えていたためである。
ミキホは天井を見上げて3秒ほど考え込み、シゲミのほうへ顔を戻す。
ミキホ「その篠皮って家族の事件、怪異が絡んでる可能性が高いのか?」
白を切る。
シゲミ「ええ。私の妹が、この家の息子さんと接触した。そのとき、息子さんに怪異が憑依して、体を操っていたのを確認している。ネクロファグスっていう、寄生虫のように体に入り込む怪異。次々に憑依する対象を切り替えて逃げているようなの」
情報をひた隠しにするミキホと正反対に、シゲミは知り得た情報を正直に話す。怪異の名前や特性などを知れたことは、ミキホにとってプラス。だがシゲミに、ミキホ以外に怪異の情報を獲得するルートがあることは、プラスを打ち消すほど大きなマイナスになる。ミキホが考えていた、「確度の低い情報をシゲミに渡して、その間に
計画を白紙にし、すべてをシゲミに伝える選択がミキホの脳裏をよぎる。しかし、現状はシゲミも篠皮 コウジの情報を入手できていない。ミキホは「進捗はほぼイーブンである」と考え直し、計画を頓挫させない方向でシゲミと対話を続けることにした。
ミキホ「ずいぶんキモい怪異を探してんだな……篠皮家か。いま俺が渡した情報の中に該当するものはなかった。もし情報が入ったらすぐに渡すからよ。気長に待っててくれや」
ミキホはシゲミの右肩を手で2回叩くと、椅子から立ち上がり2年C組の教室を後にした。
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浜栗組事務所 組長室
オフィスチェアに腰掛け、右手でボールペンを回すミキホ。シゲミより先に怪異を始末する作戦を頭の中で練り直している。
現状、浜栗組としてはコウジの情報を得ただけで行動を起こしてはいない。情報を素直にシゲミに渡せば、彼女と敵対する可能性はほぼゼロ。しかしシゲミに情報を渡して怪異の始末を一任した場合、浜栗組に入る金は、ミキホがシゲミと行う交渉次第だが十中八九「協力費」のみ。怪異を逃がした張本人である「
一方でシゲミが動き出す前に怪異駆除に乗り出そうにも、有力な情報源であろうコウジは死亡している。警察の捜査も難航しており、以降の情報が得られていない。やみくもに怪異を探そうにもヒントがなく、時間がかかり、その間にシゲミに先を越されてしまうことも考えられる。あるいは浜栗組がターゲットを横取りしようとしたことに憤慨したシゲミが、浜栗組の壊滅を優先する場合もある。
リスクとリターンのバランスが最も良いのが、シゲミにコウジの情報を提供することに加えて、組員を使った怪異の捜索などバックアップをすること。情報提供以外の形でも協力することで、分け前を増やすための交渉がしやすくなる。いわば折衷案。
ミキホが頭を悩ませている途中、組長室の扉が外から3回ノックされた。「入れ」と声を出すミキホ。扉を開けて入ってきたのは、若頭の
江尾野「失礼します」
ミキホ「どうした?」
江尾野「篠皮 コウジに関する追加情報が
ミキホ「で?」
江尾野「その夜宮 シオンが一昨日から行方不明になりました。担当編集者と通話したのを最後に、連絡が取れなくなっているようで。自宅にも、実家にも、知人の家にもいないそうです」
ミキホはペンを回す手を止め、ブツブツと呟き始める。
ミキホ「……コウジも行方不明になっていた……シゲミの情報だと、ターゲットの怪異は他人に憑依して体を操り、乗り移りながら逃げている……コウジの体に入った怪異がサイン会場で夜宮 シオンの体内に入り、行方をくらましたとしたら……」
ミキホはペンをテーブルに叩きつけ、椅子から立ち上がる。
ミキホ「良くやった、江尾野。篠皮 コウジの死亡と夜宮 シオンの失踪に関連性があることは、まだ公表されていないか?」
江尾野 「ええ。俺たち以外に警察外部の者は知らないはずです」
ミキホ「なら折衷案は
江尾野「わかりました。しかし、組長が自分で怪異を
ミキホ「俺じゃねぇ。リオ the チェーンソーだ。シオンを探している間に、俺がリオ を説得する。そして夜宮 シオン、いや怪異の場所にリオを連れて行き、始末させる。夜宮 シオンに取り憑いた怪異の強さはわからないが、リオに敵うヤツがいるとは思えねぇ」
江尾野「たしかに。リオ the チェーンソーは、シゲミと共にあのポコポコと戦ったそうですからね。ですが、以前組長が言っていたように、リオが素直に協力してくれるでしょうか?」
ミキホ「それについてだが……江尾野、
江尾野「鰻屋……? なぜ?」
ミキホ「リオの好物は、うな重なんだ」