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追跡①

浜栗組はまぐりぐみ事務所 組長室

 黒い革張りのオフィスチェアに、足を組んで座る組長・ミキホ。木製のテーブルを挟んで向かい合うように若頭・江尾野えびのが立つ。


 江尾野は左隅をクリップで留めたA4サイズの紙の束をミキホに手渡した。ミキホは上から順にパラパラとめくる。



江尾野「刑事デカから流してもらった捜査資料です。それは全部、容疑者を見なくてもわかる、ごくありふれた事件。犯行こそ異常なものですが、容疑者の経歴なんかを見れば、いつ何をしでかしてもおかしくない連中ばかり」


ミキホ「つまりシゲミに渡しても問題ない、ハズレの情報だな。で、本命は?」


江尾野「コイツです」



 江尾野はもう1つ、クリップでまとめた紙の束をミキホに渡した。



江尾野「俺の主観ですし、捜査資料を読んだだけなので100%の確証はありません。が、この事件の容疑者には強い違和感があります。ごく真面目に働いていたリーマンでしたが、ある日突然、家族を惨殺して行方不明に。犯行から数日後、作家のサイン会場で急死しています。家族を殺そうと思った動機も、行方をくらましたのにサイン会場に現れた理由も不明。行動に一貫性がなく、警察も困惑しているようです」



 ミキホは資料を見つめながら、口を開く。



ミキホ「ヤク中だった可能性は?」


江尾野「死体から薬物は検出されなかったみたいですね。ただ、気になる点が2つ」


ミキホ「なんだ?」


江尾野「この事件の容疑者、篠皮しのかわ コウジの息子・ユタカにも異常があったようで。おとなしい優等生だったはずが、不良どものあたまを張るようになったとか」


ミキホ「思春期でグレただけじゃねーのか?」


江尾野「ユタカは小学2年生。グレるにしては早すぎませんか? 家庭環境も決して悪くなかったようですし」


ミキホ「ヤクザの娘で、生まれたときから裏社会にどっぷり浸かってきた俺からすると、小2で不良になっても何らおかしくねーが」


江尾野「組長の生い立ちは、ややイレギュラーだとお考えください。それからもう1つ、コウジは家族の首を切断しています。しかし、刃物を使っていません。何らかの力をかけて頭を胴体から切り離したようですが、特別な道具を使った形跡もないようで……」


ミキホ「なら素手で引きちぎったとでも?」


江尾野「もし組長の言う怪異ってヤツが、例えばコウジに化けていたとしたら、あり得るのでは?」



 ミキホは紙の束をテーブルの上に置き、江尾野のほうに寄せる。



ミキホ「これはアタリの可能性大だな。江尾野、引き続き警察から情報を流してもらいながら、お前のほうでも調査を続けろ。組員は何人使っても構わない」


江尾野「承知しました」



−−−−−−−−−−



シゲミの自室

 上下ピンク色のスウェットに身を包み、学習机に向かうシゲミ。机の上に置いた手榴弾を1つずつ、スクールバッグに詰めていく。


 その途中、入口の扉が外からに2回ノックされた。シゲミは「どうぞ」と声をかける。扉を開けて部屋に入ってきたのは、妹のサシミ。シゲミは椅子を回転させてサシミのほうを向く。



シゲミ「どうしたの?」


サシミ「シゲミねぇに共有したいことがあって。ネクロファグスのこと」


シゲミ「本当に?」


サシミ「うん。この前、接敵した」


シゲミ「……詳しく聞かせて」


サシミ「ウチの学校の下級生、篠皮 ユタカくんって子に憑依していてね。彼の体を操って、体が自壊してしまうほどのパワーを強引に引き出していた」


シゲミ「私がモロさんから聞いたネクロファグスの特徴と一致してる。それで、仕留めたの?」


サシミ「ううん。逃がした。その後、ネクロファグスがどうしたのかはわからないんだけど……おそらく私と戦った後に、ユタカくんとそのお母さん、お兄さんが亡くなっている。お父さんは行方不明。ネクロファグスが関係しているとしか思えない」


シゲミ「なるほど……サシミの予想を聞かせてくれる?」


サシミ「ユタカくんの体は、私との戦いでボロボロになった。だからネクロファグスは、総武線から中央線に乗り換えるみたいに別の体に憑依した……たぶんユタカくんのお父さんに。その瞬間を家族に見られたかなんかして、殺したって感じかな?」


シゲミ「……私もほとんど同じ考え。ありがとう、サシミ」



 シゲミは学習机のほうに向き直った。廊下に出て扉を閉めようとするサシミが、「言い忘れた」と一言。



サシミ「ネクロファグスは私の体を乗っ取ろうとしてきた。シゲミねぇも戦うことになったら気をつけて。憑依された瞬間、終わりだから」



 シゲミは言葉を発さず、背後のキリミに向けて右手でサムズアップをした。



−−−−−−−−−−



翌日 PM 0:26

市目鯖しめさば高校 2年C組教室

 教卓の目の前の座席に座り、1人で黙々と昼食を摂るシゲミ。机の上にはガスコンロにかけられた鉄製の鍋。鍋の中では牛肉や白菜、ネギ、豆腐などがグツグツと煮込まれている。この日のシゲミの昼食はすき焼き。母・トモミが必要な道具と食材を一式持たせた。


 箸で牛肉をすくい上げ、右手に持った茶碗の中の卵に浸し、豪快に口へと運ぶ。学校ではまず見ることがないであろう食事に、教室にいた生徒たちの視線が注がれる。


 シゲミが豆腐を食べた直後、教室の前側の扉が開いた。「シゲミ、いるかー?」とミキホが入室。すぐ目の前で鍋をつつくシゲミを発見し、歩み寄る。



ミキホ「良いもん食ってんな。今度、鍋やるときは俺も誘えよ」


シゲミ「私、学校では1人でご飯を食べたいの」


ミキホ「ならウチの事務所でやる鍋パに招待してやる。例の怪異を始末した祝勝会としてな」



 ミキホはシゲミの左隣の空いている椅子に座り、紙の束を差し出した。箸と茶碗を机の隅に置き、束を受け取るシゲミ。



ミキホ「警察から流してもらった、変なヤツの捜査資料だ。記録が残るとヤバいんで、今後も紙で渡す」



 シゲミは上から3ページ目まで目を通し、口を開く。



シゲミ「ありがとう、ミキホちゃん。手間をかけさせたわ」


ミキホ「良いってことよ」


シゲミ「迷惑ついでにリクエストしたいんだけど、警察のほうで篠皮 ユタカくんって子のお父さんについて調査してないかしら? つい先日、ユタカくんの家族が惨殺されて、お父さんだけ行方不明になってるそうなの。もしあれば、その捜査資料を手に入れてほしい」



 ミキホの右の眉がピクリと動いた。

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