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第十五話

 一方、自身の寮に帰っていたエヴァは、丙良同様に東京に武器補給班として召集を受けていた。しかし、エヴァは行く気が無かった。なんせ、東京の方に忌々しい男の魔力を感じ取っていたからであった。

「……ただこうやって、自分の興味のないことはバックレて、それで人が傷ついて。自分の武器ちゃんのせいで起きた事件なんて数知れずだったけど……」

 ふと、脳裏に浮かぶのは、太陽のような存在の礼安に、それと対をなす月のような存在の院。

 英雄の武器を作る仕事を親から引き継いで早二年。『武器の匠』としてちやほやされてきた二年。その間、自分の興味の無かった授業はだいたいしらばっくれて、時たま武器科の特別講師として授業をたまに行うだけ。

 後ろを振り向けば、才能は確かにあるものの、単位その他諸々が全く持って追い着いておらず、郵便受けには退学の警告がぎっしり。

「……こんな私の姿を礼安さんに知られたら、どうなるんだろう。きっと慈母神の様な礼安さんにも幻滅されるだろうな。――本当に、嫌になるな」

 ベッドの上、毛布の中で蹲るエヴァ。好き放題やってきたツケが、重圧としてのしかかる。

 その時であった。エヴァのデバイスが震える。最初適当に無視してやろうと思ったエヴァは、すぐにその考えを改めることになる。

 かかってきた電話の主は、まさしく礼安だったのだ。すぐに電話をとるエヴァ。その様子は、まさに電光石火の如くであった。

「はい礼安さん! 何か御用でしょうか!!」

『エヴァちゃん! 今ちょっと緊急事態で……東京の方で多くの人が傷つきそうなんだ! エヴァちゃんも手伝ってくれないかな?』

 内容は、まさしく先ほどオペレーターから貰った通りの内容。エヴァの表情は曇っていた。

「あ……その件ですか……今オペレーターの肩から連絡があって、行こうとしていたんですよ」

 心にも無いことを言ってしまい、エヴァは瞬時に後悔した。声音から、よほど鈍感な人間でない限り理解できてしまう、嫌悪が無意識下に漏れ出していたのだ。向かう先にいる憎悪の対象に遭いたくないという、雄と雌、原初の生物としての本能である。

 エヴァの目から、大粒の涙がボロボロと落ちていった。

 彼女は頭では理解していなくとも、心で理解していたのだ。

 自身は、礼安のことが好きだと。

 その好きな相手に対し、自身の一時の感情だけで嘘をついてしまった。自身の中にある、フォルニカに対する嫌悪の感情を、想い人の頼み事より優先してしまったことが、自分の中で何より許せなかったのだ。

 無機質な板と電波を隔てた向こう側にいる礼安に対し、思ってもいないことを口から漏らしていくエヴァ。

 口調は、だんだんと震えてきていた。流れる涙も、もっと大粒に。

 自身の初恋は、こうも淡く自然消滅していくものかと、どこか無常観と諦観を合わせて感じていた。

 しかし、彼女からの返答は、ネガティブなものではなかった。

『――エヴァちゃん、何か嫌なことあったんだね?』

「そ、そんなことは無いですよ! 私は――」

『もし嫌なことがあったら、私がエヴァちゃんを助けるよ。私は、皆の英雄ヒーローでありたいから』

 心が見透かされているようで、どこか達観しているようで。しかしその声から感じる雰囲気の中に、ネガティブな感情など何一つ無くて。

 その瞬間、エヴァは今までの自分の中にあった鬱屈とした感情やら、嘘で塗り固められた自分を変えたいと、本気で思えた。

 今までは、誰かの後ろで自分の気に入った顧客や、両親が面倒を見ていた顧客を相手に心にも無いことを形にするだけの嘘の蝋人形であったのだ。

 しかし、今は現状の顧客だけでなく、想い人である礼安たちのために、現状を打ち砕きたくなった。

「……礼安さん、ご迷惑を掛けました。私は、大丈夫です」

 電話の向こう側の彼女は、どこか安堵したような様子であった。

「本当は、騒ぎが起こっている東京になんぞ、行きたくありません。なんせ、大っ嫌いな相手がいるので。でもそれが、東京に向かうことが礼安さんの助けになるのなら……私は向かいますよ」

『――――分かった、皆で待ってるよ、エヴァちゃん!』

 そう言い、電話は切れた。

「……フォルニカ、アンタにもう一度会うのは正直癪に障るけど……これは私の戦いでもあるから」

 ある物の残存データを横目に見ながら、急いで準備を始めた。

 入学式まで、あと二日となった、午前零時を回った時のことである。


 東京、渋谷のスクランブル交差点。人で常にごった返す場所は、既に人の悲鳴と焦りが交錯する、トラウマ製造所と化していた。

 そして一人の若い女性を側に抱き寄せている、フォルニカがいた。無論、その女性の瞳には涙が浮かんでいた。

「どうかな、この最高の夜景。そこに倒れてる貧弱な男よりも、体もアソコもハードな俺の方がいいんじゃあないか?」

 眼前には、フォルニカの持つ魔力により、禍々しい見た目となったエクスカリバーによって、瀕死の状態にある金髪の男性が無残にも転がっていたのだ。

「ふ、ふざけないでよ! ウチの彼氏を……」

「まあまあ、抵抗したって無駄だって。ほら」

 フォルニカは呪詛を呟き、女性の胸部をまさぐる。女性は体を動かそうにも全くといっていいほど動かすことができなかった。

「今君に囁いたのは、愛の台詞と称した一種の催眠術。一般人相手なら、余裕で脳を犯していつだってヤれる女になる。いつか俺のハーレムで俺専用のソープ開いてやろうと思ってんだ、君は従業員第九十九号ってことで。」

「何て薄汚れた……」

 そう言いつつ、女性の涙は消え失せ、笑顔だけが残る状態となる。思っていることと表情が一致していなかったのだ。

「君、見た目から分かっていたけど中々の巨乳さんだ、揉み心地最高だよ」

 女性の容姿に夢中になっているフォルニカ。しかし、すんでのところで背後からの攻撃に視線を合わせることなくエクスカリバーを交わす。英雄・丙良が到着した瞬間であった。

「ふぅん、仮にも教会の人間とあろうものが女性にバリバリ猥褻な行為を働くんだ。こりゃあとんだR18カルト教団ってやつだ」

「君がヘラクレスの丙良君、ってやつ? 割とこっち界隈では有名だけど、もっとゴツイ奴かと思った」

 二人のやり取りを、少し遅れてその場にやってきた礼安と院が目撃する。そしてすぐさま院は礼安の目を塞いだ。

「え、院ちゃん見えないよ?」

「アレは教育に良くない様子だから絶対見せません、あの男が無残に死ぬまで見せません」

 フォルニカが催眠を掛けた女性を離し、礼安たちに視線をやる。

「――――へえ、中々初心そうでいろいろっちまうくらい、そそる子が後ろにいるじゃあないか」

「礼安さんにそんな変態じみたことを言わないでくださいまし!! ぶち転がしますわよ!!」

 すぐさま礼安の耳を塞ぐ院。それを見てけらけらと笑うフォルニカ。乱暴に丙良を弾き飛ばし、距離を取らせる。

「二人とも、あんだけ飄々としているけど、あの男ただ物じゃあない。確かな強さを感じ取れる」

 礼安たちから目を離して、フォルニカは辺りをぐるっと見渡す。警察のストッパーこそかかっているものの、先ほどまで悲鳴ばかりがこだまする場であったが、動画撮影する野次馬ばかりの様相を呈していた。

「……今ここでどうにかしてしまうっていうのも、中々乙じゃあないか? 知名度の高い英雄たちを殺る、それによって教会の目標である、人類の支配ってのも。恐怖による支配ってのでも、DVみたいではあるけど文句はないだろ」

 今まで飄々としていたフォルニカの雰囲気が変わる。目が据わり、一気に仕事人としての表情となる。

 その時、礼安が院の手を優しくどかして、丙良の前に立つ。

「……もしかしなくとも、俺に勝とうとしてんのか? やめとけやめとけ、俺流石に死姦は趣味じゃあないんだ」

「さっきから喋ってることの意味はよく分かってないけど……何かその剣、惹かれるなって。私よりも、私の中にいる英雄が」

「これ? ああ、どうやら何とか剣エクスカリバーらしいぜ、俺でも扱うのちょっとコツがいるっていうか。ま、俺こいつに縁がねえんだけどさ」

 前へと歩みながら、カリバーンを顕現させ、デバイスドライバーを装着する礼安。

「……あのさ、一つ聞きたいことがあるんだ。エヴァちゃん、って私の先輩がいるんだけど、泣いてた理由、知ってるかな」

「それ、多分俺が理由って言ったら、そしてこの剣もそいつから分捕ったって言ったら……どうする?」

 静かにアーサー王のライセンスを認証させ、装填する。その礼安の表情には、静かな怒りが滲み出していた。

「問答無用で、貴方を倒す」

 フォルニカが腰にあらかじめつけていたチーティングドライバーを、礼安がデバイスドライバーを互いに起動させる。

「「変身」!!」

 二人が変身した瞬間、二人を大きく包み込む特殊な結界が張られた。一切の邪魔が入らないようなフォルニカによる処刑場が出来上がる。

 多くの人々が見守る中、一対一の決闘が始まったのだった。


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