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第二十二話

 二つ目の空間、それは無人の炭鉱場。立入厳禁、お決まりのワードがよく分からない言語で記されている。一番上の層が、鉄骨等で組まれた工事用通路のようになっており、そこから下に向けておよそ十層にもなる、人々が働く炭鉱場フロアが口を開ける。高低差は数百メートル、落下死にご注意である。

 この場に送り込まれてきたのは、『軽薄の使徒』ヘリオと丙良だった。

『ヤバ、ウチのところに来たの……仮免許カリメン持ったプロの英雄じゃーん。マジめんどいんですけど』

「こっちもだよ。僕の信条に、女性を傷つけるなんてのは無いからね」

 丙良はヘリオを警戒こそするものの、変身するそぶりは一切見せることは無い。

『……なに、アンタウチに対して舐めプってこと? 変身するまでもないなんて、チョームカつくんですけど』

 己の中にある怒りを体現するために、辺りの鉄柵を蹴り飛ばし、思い切りひしゃげさせる。それでも気が晴れないのか、そのひしゃげた柵を易々とちぎり、思い切り丙良に投げつける。

 それでも、一切意に介すことなくロック・バスターを振るい、叩き落とす。それによって自身の背後にあった簡素な鉄の道を壊した。

『ホンットムカつくんですけど、それで覚悟でも示したつもりかよ……『英雄くずれの仲間殺し』がよォ!!』

 そう叫ぶと一瞬で丙良の目の前にまで迫り、思い切り剣となった足で何度も斬りかかる。

 しかし、一切気持ちの波を荒れさせることなく、それらを綺麗に何ら支障のないよう捌いていく。

『ほら! ほらほらほらァ!! ちょっと油断したら最後、アンタ細切れになるよ!!』

 一向に表情は変わらないまま、いたって何事もなく捌き倒す丙良。まるで我慢比べの様相を呈していたが、均衡が崩れたのはヘリオの方であった。

 バランスを崩して、炭鉱場の最下層へと落ちていくヘリオ。それを見過ごすことなく、飛び降りる丙良。目的はもちろん、救い出すため。

 だが、これはヘリオにとって好都合であったのだ。笑みをこぼすヘリオに違和感を抱く丙良、しかしタイミングとしてはとても遅かった。

『くたばれ英雄くずれェ!! あの時と同じように、自分も死ね!!』

 隠し持っていたスイッチを押し、数百、数千にも及ぶ感知式爆弾を起動させる。

 それによって、土や岩、上層の鉄柵など、ありとあらゆるものがなだれ込む。

 自分を弱く見せ、死から庇おうとするエゴを利用し、多量に仕掛けておいた爆薬によって仕掛けを起動させるための布石であったのだ。

「……全く、そこまでするのか」

 一瞬青ざめこそしたものの、丙良は手を伸ばしヘリオを掴み、抱きしめながら落下していく。最下層に落下するよりも先に、土石流の餌食になるのが先か、それとも着地したのちに餌食になるか。

 ものの数秒で、炭鉱場は人為的な力によって埋まってしまった。


 しかし、ヘリオのおおよその目論見は霧散する。

 丙良により、数千トンはあろうかという土砂の形を変え、地下に小学生の校庭ほどの広さを持った、飾り気のないドームを形成していたのだ。

「……これから、あくまで仮定の話を喋る。君の発言から十中八九そうだろうが……君はかつて僕の後輩ちゃんを……それこそ、今でいう礼安ちゃんたちほどの子と僕の先輩一人を、僕の目の前で魅了、殺害した奴だろう?」

 座った状態で高らかに笑って見せるヘリオ。それは、暗に肯定の意を示していたのだ。

「……ちょうど一年前。英雄学園に見学に来た中学生二人と付き添いの二年次が失踪する事件があった。その時の先輩方とともに関係者として捜索した……けれど、僕の目の前で先輩もろとも殺された。『両足が剣の女怪人』に」

 丙良はヘリオに対してロック・バスターの切っ先を向ける。あれだけ温厚であった丙良が、誰にも見せることのなかったほどの冷徹な表情で。

「君のせいで散々な目に遭った。殺された英雄の卵二人の親からはこれでもか、と罵倒されて、世間の『無力な英雄』に対する風当たりは酷くなった。人を守ることすらできない雑魚は表舞台になんぞ出るな、『疫病神』――とね」

『でもアンタは、新しい女……というか英雄もどき侍らせてたじゃん。結局、アンタは学ばなかった。あれだけあのガキに高説たれて……鏡を見れば、駄目な英雄の姿が映るってのにさ』

 丙良は、目を細めるばかりで何も語らない。それが自分の中で、真実だと悟っていたからだった。自分は、目の前にいたルーキーひとり救えない無力な英雄であり、疫病神。神の権能を少しでも震えるはずの、ヘラクレスの力を背負いながら救えなかった無能。

 いつだって、彼の中で劣等感は渦を巻く。

『だからこそ、ウチがアンタにあてがわれた。あの時アンタは死ななかったことで苦しんだ。死による救済を、神とウチによる温情で与えてやる、ってわけ』

 丙良は剣と体勢を無力感によって落とし、喉元に自然と肉薄するヘリオの剣。形成が完全に逆転した。

 戦いの流れを完全に支配していた丙良の没落。それにより新たな非情なるゲームマスターがあてがわれる。

『うかつに名前覚えて、傷つき辛くするために『後輩ちゃん』なんて言っちゃって。しかもそれすらも……情に負けて名前を呼ぶようになっちゃって。甘いよね、甘ちゃんだよね、全てにおいてさ。もう一度同じ道を辿るかもしれない、なんて考えなかったわけ? チョーウケる』

 思い切り勢いをつけ、首を撥ねる勢いのまま、振るわれた足による一閃。

(ああ、きっと今までのツケが清算されるんだ)

 諦め半分、覚悟半分。丙良が死の恐怖にさいなまれる中、ふと丙良の脳内によぎるのは、あの時目の前で死んだ、後輩二人の死ぬ間際の笑顔。

(気に病まないでください、これは、俺たちが弱かったからです)

 最後の最後まで、彼らは心から勇敢であった。自分より格上が相手であろうと、民間人を助けるために命を張った行動をとった。

 未曽有の危機に対する傘であり続ける英雄として、彼らのとった行動は何より正しかった。ただ、自分が人より少し臆病なだけであった。同じ行動をとれなかったのは、そこにあった。

 疫病神と罵られたあの日から、丙良は変わった。臆病な部分を包み隠そうと、笑顔であり続けた。飄々とし続けた。誰からも頼られるような、偽りの自分を演じ続けたのだ。

 しかし、丙良の前で、あの時と同じように自分の後輩が戦っていた。実力差は明白、それでも何とか身を挺して一般人を守ろうと、得たばかりの力を有効活用して戦い抜いた。

 その時、丙良は己の心の持ちようを悔いた。英雄志望でありながら、今まで出会った誰よりも英雄らしい立ち居振る舞いをしていた礼安に、羨望の眼差しを向けていた。

 その勇敢な炎を無力なまま消すわけにはいかない。そう思い立って、彼女たちをトレーニングしようと誘ったのだ。

 モードレッドと出会った後も、彼女は変わることなくあの世界で戦い抜いた。より英雄として強靭になって帰ってきた。心に傷を負いながらも、一回りも二回りも成長したのだ。

 そのあと、初めて丙良は『この子たちと強くなる』と決心して、自分が傷を負ってもいいという覚悟のもと、二人を名前で呼ぶことを決めたのだ。

 あの時目の前で死んだ二人の笑顔が、ここ数日で自分の命を張ってもいいと確証を持った二人に変わる。

「……本当、僕は馬鹿な奴だよ」

 その言葉で、剣の動きが止まる。俯く丙良を半笑いで見下すヘリオ。価値を確信していたのだ。相手の心を圧し折り、完全な意味で勝利したのだと。

 しかし、丙良が紡ぎ始めた言葉は、全く持って別の物であった。

「ああそうさ、確かに、あの時は散々だった。何なら、英雄の道を自分で閉ざそうとも考えたさ。でも……何だかんだ生きていればいいこともあるもんだ、と今は純粋な気持ちで思えるよ」

『……何なの、いきなり。今までダウナーだったくせに、やけくそにでもなった?』

「かもね」

 そう言うと、まるで磁力によって引き寄せられるように、ロック・バスターを力強く掴み、ヘリオをはるか後方へ弾き飛ばす。

「――死ぬかも、ってなった時、あの二人がよぎったんだ。またあの時のように、自分が弱かったから、なんて笑って見せて。本当は心底怖かっただろうに、少しでも英雄であろうとした二人。なんて僕は情けないんだ、って思ったよ」

『だから? ……話が見えないんだけど』

 ロック・バスターを地面に突き立て、懐に忍ばせたヘラクレスのライセンスを取り出す丙良。

「だから、あの時の清算をしよう。今天国にいるであろう、あの子たちの本懐も遂げさせてあげたい。じゃあないと、現在事実上の弟子である二人と、この武器を仕立ててくれたエヴァちゃんに……どやされちゃうかもしれないからね」

 ライセンスを認証し、装填する。今までの憂いを吹き飛ばすほど、明朗快活な彼らしく、その表情は爽やかであった。

「僕の尊敬していた、あの時亡くなった先輩の口癖、また使わせてもらいます」

 あの後輩のようにニッとまるで楽しそうに笑って、ヘリオに面と向かう。


英雄の時間ヒーロー・タイムと、洒落込もうか」

『アンタの……その自信満々の鼻っ柱……圧し折ってやるよ!!』


 丙良の立ち直りにより、戦況は五分に。

 決着の時は近い。

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