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第三十二話

 翌日、朝六時。入学式当日、礼安と院の寮にて。入学式は朝九時から始まるのだが、礼安と院は少し早く目覚めてしまった。

 そこで、礼安はふとテーブルの上を見る。すると、そこにあったのは書き置き。クランのものと思われる達筆によって、礼安たちに対して別れを告げていた。しかし、二人は『贖罪の旅に出る』と書き残しており、いつかどこかで出会える確証を持てた。それだけで、礼安にとっては吉報であった。

「……あの二人、教会に見つかったら……とんでもない仕打ちを食らいそうではありますけど。なんせ裏切り宣言をあんな公衆の面前で行いましたし」

「――でもね、何か大丈夫な気がする。確証は……無いけど」

 そう言って無邪気に笑って見せる礼安。そんな表情を見て、確証のないものであってもどこか安心できた院。これは、誰にでもなせる業ではない。

「さて――準備しましょう。人生で一度しかない英雄学園の入学式、気合入れていきますわよ!」

「うん!」

 二人は急いで準備を始めた。その表情は、とても晴れやか。二つの別れを経験こそするものの、それが礼安の成長の糧となるのだ。


 とびきり豪華で華々しい、まるでお祭りのような英雄学園の入学式。

 学園都市のそこらじゅうで露店が開かれ、各テレビ局も取材に。一日中お祭り騒ぎ上等スタイルである。頭のおかしいあっぱらぱーのためにしっかりプロ英雄たちも常駐。丙良やエヴァはこちらで仕事を行う。

 学生服に身を包んだ新入生たちが、続々と校内に。しかし、そんな中でも昨日のヒーロー的存在であった礼安と院の周りに人は絶えない。

「昨日は凄かったね!」

「良かったら強さの秘訣なんか教えてもらえると嬉しいな……」

「同年代であそこまで戦えるなんて凄すぎ!」

「良かったら連絡先でも……」

 最後の一名は院からの有難い拳骨を貰い黙り込む。それ以外の新入生の対応に礼安が四苦八苦している中、ざわつきながらも丙良たち先輩生徒や教師陣からの引き剥がしを貰う生徒たち。

「礼安ちゃん……大変だね」

「本当だよししょー……」

 何とか騒ぎを沈めながら、入学式が始まった。

『まずは、新入生首席からの挨拶を。首席代表の……天音透アマネ トオル、お願いします』

 無言の後に若干気怠そうに立ち上がる、攻撃的な釣り目の女子。先ほどまで礼安たち二人にどよめき騒ぎ立てた新入生たちとは違う、異なるオーラを持った存在。黄色のメッシュが入ったショートヘアがチャームポイント。

 礼安を一瞥し、心底憎らしそうに睨み付けステージに登壇する。何も悪いことをしていないはずの礼安が恨まれることなんて無いはず。院はそう思い礼安を見るも、礼安はけろっとした顔をしていた。

 マイクの前に立ち、紙一枚程度の台本を懐から用意する。

『えー……このお日柄良い中、英雄学園に入学できることを……あー、私たち、新入生一同誇りに思います、っと』

 終始怠そうに読み、記者陣がざわつきだす。それを見て、透はにぃと悪巧みをするように口角を上げる。マイクを荒々しく掴んで、スピーチ台の上に立ち、まるでプロレスラーのマイクパフォーマンスのように荒々しい態度へと変貌する。

『――やめだやめだ、こんなかたっ苦しいのは俺の性根に合わねぇ。すっきりさっぱり、一発宣誓させてもらおうか!』

 その場を煽り立てるかのような、今までにない新入生の態度に教師陣が何とかしようとするも、学園長が静止する。

「まあまあ、あれも自由な校風をアピールするうえでは大事だよ。自由過ぎると後がキッツいけどね……」

 おおらかな学園長を横目で見て、透も気分を良くし、高らかに宣誓する。

『テメェら、俺の欲のために俺に傅け。俺が……俺という英雄ヒーローこそが、最強だ!!』

 その宣誓後、マイクをノイズが出ないようご丁寧にスタンドに戻し、勢いづいた新入生たちに賞賛の口笛や拍手を貰いながら、自分の定位置に戻っていく透。

 予想外の新入生挨拶に呆けてしまった教頭。学園長自身に耳打ちされ、元通りの雰囲気に戻しにかかる。

『……では続いて、学園長からのお言葉を頂戴します。では学園長、お願い致します』

 登壇する学園長。先ほどまでの熱冷めやらぬ中で、どよめく新入生たちや記者たち。

 凛とした漆黒のスーツに身を包んだ、薄紫の長髪を緩く束ねた、泣き黒子がチャームポイントの、ほうれい線をはじめとして皴が一つもない美麗な男性。見ようによっては、二十代半ばと言っても全くおかしくもない。

 マイクの前に立つその人物こそが、この学園都市を多額の私財を投じて作り上げた結果、若くして学園長に就任し、さらに世に席巻する英雄のブームを作り上げた『原初の英雄』、不破信一郎であった。御年五十歳。若い。

『――私が学園長の、不破信一郎だよ。新入生の諸君、今日この時を迎えられて私はとっても嬉しいよ。何せ昨今物騒だからね、あるゲームの作戦そのままの事を言わせてもらうなら、いのちだいじに、ってやつだね』

 その時だった。学園長の声を聴いて、礼安の表情がパァと明るくなり思わず立ってしまう。まるで子犬のように、見えないはずの尻尾を振っているように、


「『パパ』!! 久しぶり!!」


 先ほどのマイクパフォーマンスの勢いなど、鼻で笑えてしまうほどの瞬間最大風速。記者だけでなく、教師陣、学生全員が一様の言葉を発する。

「「「「パパァ!?」」」」

 院は呆れかえって礼安の袖を何度か引っ張る。

「……貴女、何にせよタイミングってものがあるでしょうに……」

 しかし、学園長も中々にユニークな人物であったがために、学園長の挨拶を軽く済ませると、礼安と院をステージに呼び込む。先ほどまでの凛とした態度などどこへやら、快活な表情を見せる。

『挨拶? 皆滅茶苦茶己の夢に向かって頑張ってねハイ終わり! おいでおいで! 二人を皆に紹介したかったんだよ!』

 まるで礼安と瓜二つ。親子は似るものである。しかし、それは院も感じ取っていることである。

『紹介するよ! ここにいる二人、私の娘でね! 昨日の事件の解決に至るまでの立役者だったんだよ!!』

『……主に丙良先輩たちに申し上げますと……私たち二人、血の繋がった実の姉妹なんです。……まあ色々とあって理事長ことお父様とは別姓を得て今に至ります。二卵性双生児での双子……とでも言いますか。そのことを知らされたのは、二年ほど前でしょうか。もっと早くに教えやがれ下さいまし』

『その件に関してはあんまりパパを責めないで上げて! パパも反省してるし!』

 不破信一郎、またの名を瀧本信一郎。礼安と院の実の父親であり、実に破天荒な振る舞いは現役時代より全く変わりはしない。しかし、昔を知る人は皆口を揃える。「圧倒的に丸くなった」と。

 隅っこで学園長……もとい、信一郎が体育座りをして反省の意を示していた。もう入学式会場はヒートアップの次元を超えていた。昨日あれだけ大立ち回りをした存在が、あろうことか学園長の子供。ボルテージが上がらない訳がない。

『というわけで! 我が子二人を始めとした新入生歓迎会を学園都市全土で行います! 今日明日はこの学園都市限定で祝日だよ!!』

 その学園長の言葉によって、会場の熱気は上限突破。厳かな雰囲気であるはずの入学式などどこへやら。礼安は大いに喜んでいるものの、院は眉間のあたりを抑えて度を越えた頭痛と戦っていた。熱狂の渦に包まれながら、入学式は幕を閉じた。

 なお、入学式が終わっても熱が冷めるわけではない。学園都市を超えて、全国で礼安と院のニュースが取り沙汰される。『原初の英雄、その実娘二人、英雄学園に入学!』の見出しで、存在を高らかに宣言することとなる。

 無論、そんなもの望んでいない院はその後、学園長こと親バカが過ぎる自分の父親をこってり絞ったとのこと。礼安は大いに喜んでいたために、信一郎はより調子に乗ったそうだ。


 瀧本礼安、真来院、エヴァ・クリストフ、丙良慎介、クランに青木舞菜香。最後の二人は世界を股にかける贖罪の旅路を歩き出したものの、礼安たちはこの学園都市で笑顔を振りまく。

 学園都市を始めとした東京都各部、今日も程よく騒がしく平和である。


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