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『変人武器』編 エピローグ

第三十一話

 昔、教会の前進団体が出来上がったと同時に、人々は混乱の渦に飲まれていった。そんな中で、『原初の英雄』と呼ばれる存在が、教会が起こす被害のもとに現れ、多くの人々を救った。

 それから、教会の存在はまるで絵空事を現実で起きているかのように、英雄の存在と共に認知された。刺激を求めていた人々は、非日常を味わえる、と大いに喜んだ。

 英雄が主に尽力、そして政府もある程度力を貸しながら、英雄サイドと教会サイドの対立構造を作り上げたのだ。世界的に同様の存在が現れ、同じように英雄が現れた。英雄VS何かしらの組織、の対立構造は社会に根付いていった。

 事件の決着がついてからというものの、後処理はとても早いものであった。ボロボロになった道路も、ビルも、何もかもことが無かったかのように元通り。人々はそんな非日常を、当たり前のように受け入れていた。人々は、平穏な生活に戻っていったのだ。

 ただ、昨今の問題として存在するのは、『原初の英雄』たる存在の圧倒的な強さゆえに、『弱い英雄』に対しての風当たりが非常に強いものとなっている。

 だからこそ、安易にプロ英雄を名乗ることをせず、英雄業以外の道を兼業として選ぶものが多い。

 大衆は、助けられる側としての意識を薄れさせていった結果、現状最も英雄を蔑視している存在と言っても過言ではないのだ。


 あの後。礼安たちは警察に教会神奈川支部メンバーを引き渡し、寮に戻ったあと食事をとるわけでもなく寝てしまった。清々しいほどの爆睡である。

 そこから時間が経ち、翌日午後一時。

 いよいよ明日に迫った入学式。足りない物は無いか、と二人は学園都市内で買い物をしていた。その最中、いたるところで聞こえたのは礼安たちへの称賛。まだ入学もしていないような新入生が二年生でも手こずるどころか解決不可な案件を片付けたと、これからの学生生活、及び英雄生活を有望視されていたのだ。

 買い物中、あまりにもむず痒い様子の礼安に、それを気にする院。

「いやあ院ちゃん、褒められるって改めてされるとむずむずするねぇ」

 そういう礼安の表情は始終緩みっぱなし。院は、というと……礼安を見ていると、ご主人に撫でられまくった小型犬を見ているようで、愛玩動物よろしくとても褒めちぎりたい気持ちをぐっとこらえていた。

「……まあ、我々は英雄として、すべきことをしたまでですわ。英雄たるもの、弱きを救うのは当然でしてよ」

 買い物かごの中には、礼安の好きなお肉がたっぷり。豚、鳥に牛、少し変わり種のラム……大きめの買い物籠六つが肉に埋め尽くされていたのだ。

 しかしこれだけ食べても礼安は太らない体質であり、常時かなり均整の取れた美形。何ならうっすら筋肉も。全国どころか、全世界の女子を敵に回す存在である。

「野菜も食べなさい、健康には野菜が一番でしてよ」

「院ちゃんの料理、まるでママみたいだから大好き!」

 また礼安の無自覚な言動で院の心臓に矢が刺さる。この場で抱きしめてあげたい気持ちを、心の中の院が血涙を流しながら堪え、会計へと向かう。

 ちなみに普通ならカート四つ、籠の総数八つなんて買い物、新入生には到底支払いきれない。それもこれも、学園長が入学前の生徒に送るものとしては異例の『よく頑張りました記念』と称して、莫大な学内通貨を送ってきたからである。

 学園長が一生徒にそんな賄賂じみた金額を渡していいのか、と疑問が浮かぶものの、ほぼ毎日ゲームのログインボーナスのような気軽さで、生徒全員に一万程度のお小遣いを渡せる財力が、ここの学園長にはあるのだ。おかしい話である。


 その夜、翌日に入学式も控えている中で、丙良やエヴァ、さらにクランと青木も誘い、盛大なバーベキューパーティーを行っていた。

 一部を除いて皆どんちゃん騒ぎし、あの事件解決を盛大に祝っていた。これでもうあの男と会わなくて済む、とエヴァは特に大喜びであった。

 ほぼすべての肉を平らげて、腹が異次元でもそこに生まれたかのように膨らみリラックスしている礼安。クランは元から小食であり、あまり多くの食事を必要としないエコな体となっていた。違いが顕著である。

「……それにしても、礼安。貴様には……何と礼を言ったらいいか」

「良いんだよ、私が助けたくて助けた、それだけだよ」

 青木がその二人の会話にするりと入る。とても仙台で騙そうとした人間とは思えないほど、つきものが取れた表情をしていた。

「そういえば……仙台ではごめんなさい。何の効果もない壺を買わせようとしちゃって……あの時の私はどうにかしていたみたい」

「いいのいいの、あの壺だって英雄の誰かかもしれなかったわけだし……誰かは知らないけど」

 ばつが悪そうにへへへ、と笑って見せる礼安。再び深く頭を下げる青木に慌てふためき、どうすればいいかを周りに問う事態に。天然である。


 ある程度熱が冷めてきた夜。礼安の腹は謎原理によりすっかり引っ込み、クランと二人きりで、寮の屋上にて学園都市側の海を眺めていた。

「――もう、死にたいって思ってない?」

「言われずとも……どこぞのお人よしのお陰で、少しばかり希望をもって……そうだな、あと数十年は生きてみようと思えたさ」

 そう返答したクランに対して、良かった、と呟き月輝く海に視線を落とす。

 心底、ほっとしていたのだ。礼安が救いたかった人間の中には、もちろんクランがいた。人生に深く絶望し、死に場所を求めていたクランが、お人よしの本能から、そして過去の自分の経験から、希望を持ってもらえるよう救いたい、と心の底から願っていたからであった。

「……ペリノア王にも、怒られてしまってな。嘘をつくな、とね。何となく、貴様に出会ってから変わっていたのを……少なからず理解していたのだろうな」

 そう言ってペリノア王のライセンスを手に取るクラン。礼安はそこで気付いた。そのライセンスに起きている異変を。

「――――ここ、隅っこが白くなってる」

 そう礼安が言うと、二人ともライセンスの中に不思議な力で引き込まれる。礼安はどこか不安げな表情で、そしてクランはどこか察したような暗い表情で。


 目を開けると、そこは何もない純白の空間であった。ふわふわとした感覚が常時あり、自分はここの者では無いという、計り知れないほどの異物感。しかし、長時間いても気味悪い心地は全くなく、むしろ包み込むような温かさを感じる。この空間の主の優しさを垣間見る。

「ここって……ペリノア王の……」

『そうだな、精神世界とでも呼ぼうか』

 二人の前に、今にも消えそうなペリノア王が現れた。しかし、表情はとても穏やかで、まるで死期を悟ったかのような病人のようであった。

『申し訳ないな、礼安とやら。クランの我儘に付き合わせる、一歩手前まで行ってしまったこと……深く謝罪するよ。しかもウチに眠るのが……あのアーサー王とは……これも運命の悪戯、と言う奴かな』

 礼安に対し深々と礼をすると、クランに向き直るペリノア王。彼が消えゆく前にと用意した、最期の時間。礼安に向けて、そしてクランに向けての言葉を紡ぎ始める。

『元来、英雄の因子を持った者は、約八十年から百年余りの時間でループする。人間の寿命を全うしたら、それで終わりなのだ。しかし彼は特異な肉体を持ち合わせていたがために……英雄に譲渡できる力を使い果たした。しばらくの間眠りにつかなければならないらしい』

 二人は黙って、一人の英雄が紡ぐ最期の言葉に傾聴していた。二人の中に悲しみはあれど、絶望は無かった。

『なあに、クランと一緒にいた数百年という長い時間……悪くは無かった。最後、英雄として戦うことを決めたクランの姿は……清廉な騎士そのものであった。実に、天晴であった。最後に愚直に戦いに生きるものと戦えて、それで満足もできた。悔いは無いさ』

 ペリノア王は、クランに手を伸ばす。

『貴様といた数百年、他の英雄に語って聞かせたら……面白がるだろうな』

「俺も……貴方といた長い年月……様々迷惑をかけたかもしれませんが……独りぼっちの辛さはありませんでした」

 その場に片膝立ちで座り込み、ペリノア王に尊敬の念も込め最敬礼する。昔なりの方法で返されて、少々気恥しいといった顔をしていた。しかしそれでも、それに応えるのが騎士としての務め。

『面を上げよ、クラン』

「はい」

 クランの目には、うっすらながら涙が浮かんでいた。それを男として一切溢すまいと、意地を見せていたが、顔を上げそこにあったペリノア王の笑顔で、ボロボロと零れ落ちていく大粒の涙があった。

『ああ、ようやくクランの違った顔が見られたよ……満足だ』

 光の粒となり、消えていくペリノア王。最後の最後まで、彼は笑顔のまま消えていった。心に残るのは、満たされていく感謝の念以外になかった。


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