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第一章 『孫悟空とアーサーと彼女の闇』

第三十四話

 翌日のこと。礼安と院が英雄学園に登校すると、校舎前にクラス分けが発表されていた。

 英雄学園の一年次は六クラスに分けられる。当人の学業成績、実績成績に応じて最初のクラスが決まるのだ。入学試験トップの成績を持つ者は一組に、そうでもないものは二組から六組に振り分けられる。六組に存在するものは、初年度から落第の危険性があるのだ。

 学年ごとに一組ずつ減っていき、最高学年が四年次となるため、最終学年は三組構成である。

 年度が切り替わるタイミングで、成績に応じてクラスの再編が行われる。そのため、入学前に人助けや自身の英雄の力を覚醒させることによって、クラス格上げを虎視眈々と狙う人物が多い。案外、英雄の世界も因子持ちだからとは言っても、決して楽なものでは無いのだ。

 礼安、院の二人は最も優れているとされている一組に配分されていた。そして、新入生主席である天音透アマネ トオルもまた、同じ一組であった。

「あの、ビッグマウスだった主席の子も、我々と同じ一組らしいですわ、礼安」

「まあ、多分仲良くなれるよ!」

 何とも能天気な礼安、そんな様子を見て小さな競争社会と化したこの現場の雰囲気も、とても和やかなものとなっていた。

 しかし、そんな柔らかな雰囲気を打ち壊すのは、その場に現れる一人とその取り巻き二人。

 偉そうに道行く三人の姿を目の当たりにした一年次生徒たちは、自分たちとはすむ世界が違うことを表すかのように、恐る恐る道を開ける。

 三人は、それぞれ示し合わせたように、黄色のメッシュをたなびかせていた。そして礼安と院に食って掛かるのは、正面切ってこちらに歩く存在、中央に立つ透であった。

 通常制服を早速着崩し、制服内側に黄色のオーバーサイズ気味なパーカーを着込む。学校推薦のスラックスやスカートではなく、レトロチックかつタイトなダメージジーンズ。校則で冠婚葬祭や催し事はちゃんとした制服で出ること以外、普段の学校生活で服飾に関しての決まりはない。そのため一日目からまともな格好をしていないのだが、逆に一日目かつ一年次でそこまで自分を出せる存在はそう居ない。自分は異端です、と暗に示すことでいじめの原因に繋がってしまうためである。そんな異常さを醸し出す存在は、透だけではなく傍の二人、そして礼安と院もそうなのだが。

 礼安に関しては傷跡を見せないように、院は礼安だけが浮かないよう私服そのままなのだ。服に関して二人は何も言えない。

 しかし、透の若年モデルのような美しい体型は、見る者を惹きつける美しい存在であった。すらりとしつつ、運動重視の引き締まった筋肉が見え隠れしている。先日まであらゆる経験をしてきた、礼安と院を凌駕するほどであった。しかし、性格は純粋なスポーツマンと違って、実に刺々しい。

「よお、七光り二人。俺と同じクラスなんだってな」

 その毒がふんだんに詰まった発言を理解できていない礼安と、それに対し敵意をむき出しにする院。

「私の事を馬鹿にするならまだいいですわ、でもお父様と礼安を馬鹿にする行為は何人たりとも許せませんわ」

 どうも険悪なムードの中、一触即発な何かを感じ取ったのか、丁度近くにいた丙良が声をかける。

「ちょっとちょっと、華々しい最初のクラス分けだってのに、喧嘩すること無いだろう?」

 リュックサックとロック・バスターを携えた青年は、院と透の間に割って入った。

「君は……新入生主席の後輩ちゃんか。ハングリー精神に満ち溢れているのは結構だけど、喧嘩を売るのは英雄として失格なんじゃあないかい?」

「――アンタも、その七光り二人の肩を持つのかよ。おまけに俺の名前も『覚えてねえ』と来た……結局は長いものに巻かれるクソ下らない精神な訳かよ」

 その発言にどうも思うところがあった丙良は、透に対して言い放つ。

「井の中の蛙、って言葉知ってるかな。英雄学園の入学試験は相当難しいものなんだけど……それに首席合格程度で、粒立てた実績もない中で、『最強』だなんて笑わせないで貰えるかな? 少なくとも、君が噛みついている相手は三人とも――――君より強いと思うけれど?」

 つい先日あった『教会』神奈川支部との直接対決により、支部全体を下した六人。うち二人は礼安と院。少なくとも、ごろつきの「それ」とは訳が違う、次元の違う修羅場を何度も潜り抜けてきた二人は、少なくとも『七光り』だなんて言葉で片づけてしまうのは、実にもったいない存在である。

 しかも丙良が手塩にかけてコーチングした存在であったがために、そして特殊な事情があって名前を呼ぶことが出来ない状態を、事情を一切知らない人間に小馬鹿にされることが我慢ならなかった。

「噛みつく相手は、きっちり選んだ方が良いと思うよ」

 珍しく、丙良は怒っていたのだ。あの事件の顛末を知らない部外者に、どうこう言われることが、何より苛立っていたのだ。

 その場に、言い知れないほどの重圧がのしかかる。それは、丙良によって発せられた魔力によるもの。他の生徒はただのとばっちりだが、透に向けられるものは他の生徒よりも圧倒的なものであった。

 礼安が、丙良の肩を軽く叩く。それにより、その場を包み込む殺気が一気に発散される。

「丙良ししょー、私たちの為? に怒ってくれたのはありがとう。でも……天音ちゃんも悪気はないと思うよ!」

 礼安は、明確に自分に対して敵意を抱いている透を、庇ったのだ。敵意を持った存在である透を庇ったのだ。

 しかし、それが透にとってたまらなく不快であったのだ。

「――ふざけんなよ、ふざけんなよ瀧本礼安!! 何もかも恵まれたお前に、分かられてたまるかってんだ!!」

 礼安に向けられた、明確な敵意。それでも、礼安は透を優しさで包もうとしていたのだ。礼安にとって、透のバックボーンがどうだとか、そういった小賢しいノイズはどうだってよかった、ただ皆には笑顔でいてほしかっただけなのだ。

 和解の意味を込めた、握手。礼安から提示されたそれを、透は荒々しく弾く。取り巻きを引き連れ、礼安たちよりも先に一組の教室へ向かっていった。

「――礼安ちゃん、大丈夫だったかい」

「大丈夫、時間をかけてでも天音ちゃんと仲良くなって見せるよ、丙良ししょー」

 握手を完全に拒否されたことに酷く落ち込みながらも、何とか笑って見せる礼安。そんな健気な彼女に、辺りの新一年次は心打たれたのであった。

 そして、透の様子を見守っていた院は、どこか思うところがあった様子で、考え込んでいた。

(天音、透。入学式以前、どこかで聞いた記憶のある名前ですわ――――)



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