「――ということで、エリートである一組の皆さん。先日の事件の功労者たる瀧本さん、真来さんの二名。そして入試首席である天音さんら。トップ層の皆さんだけに留まらず、生徒全体の模範として行動するように。無論勉学もですが、その学年の『最高』であり続けてくださいね」
担任の教師、目白からのホームルームの締め。それと同時に、皆が一堂に立ち上がり、礼をする。それによって放課後の時間が訪れる。
入学初日はガイダンスだけで、手早く終わった。詳しい授業は明日からであった。
生徒は、放課後の時間を有意義に扱う事が出来る。戦闘面で自身に足りない要素を見出すために、広大な運動場を用いて戦闘訓練を行うもよし、図書室等で勉学の時間に充てるもよし。バイトや奉仕活動で、学園都市内で扱える通貨を稼ぐもよしである。
少なくとも、一年次は往々にして圧倒的なハングリー精神が重要である。その理由こそ、他年次と比べ基礎ができていないからこそ、その基礎を早めの段階かつ迅速に固める必要があるのだ。そうでもしない限り、普通は一組をキープするなんてことは夢物語である。
その中で、入学前に色々経験しており地盤が固まった礼安たちは、まだ慣れない学園の様子を見て回ることにしたのだが。
「英雄学園は上昇志向の塊のような人ばかり、そう聞いてはいましたが……」
院が呆れかえった顔で見やるその先には、一組のほぼ全員の生徒がわんさと礼安に近づいているさまであった。
「瀧本さん! 力の扱い方を教えてもらえるかな?」
「是非お友達になりましょう!」
「確か座学が苦手とか言っていたよね、手取り足取り教えてあげるよ!」
「お肉あげるから結婚を前提に付き合って!!」
最後の一名に有難い拳骨を食らわせながら、人だかりをかき分け進む院。案の定、困った顔で身動きが取れず着席状態の礼安がいた。
「院ちゃんどうしよう……みんな助けてあげたいよぉ」
「某超優良血統&究極努力落第忍者よろしく、貴女大量に分身出来ないでしょうに。淑女たるもの出来ない約束はしないものよ」
そんなことを言われつつ、礼安は一つの考えを口にしようとしていた。しかし、どうも困った表情のままであり、そんな彼女を見つめる一行。
「私、今一番したいことがあるの」
「珍しい、滅私奉公な貴女が要望だなんて」
そう言うと、院を後ろに連れて教室の一角に歩み寄る。その先には、透と取り巻きの姿があった。
礼安にとって、この教室内で現状一番仲良くなりたかったのは、他でもないつっけんどんな透だった。別に、礼安に話しかけていた大勢と仲良くなりたくない、という訳ではない。それこそ友達百人でも作って、小高い山の上で握り飯でも頬張りたい欲は、礼安の中に確かに存在する。何より、大量の人と仲良くなれるのなら、それは大勢の人のお節介をやくことが出来ることに変わりなく、礼安が礼安らしくいられる最高の場になる。
しかし、朝の件について、礼安はずっと困っていたのだ。自分に何か非があるのだったら謝って仲良くしたい。あれから実に不満げな彼女の笑顔を見てみたい欲が、今の礼安にはあったのだ。
「――んだよ、七光り。明らか、暇じゃあなさそうだが?」
「天音ちゃん、私から一つ言わせて!」
そう言うと、礼安は透の目の前に手を差し出す。握手を求めていたのだ。
「私と、友達になろうよ! 何ならマブダチ!」
「ヤなこった」
ぴしゃりと即答すると、取り巻きについてくるよう指示し、礼安からすぐに距離を取る。
まるで、物言わぬ彫刻かのように、あるいはスイッチが強制的に切られたロボットのように、表情を変えることなく静かに落胆する礼安。それを察知した院は何も言うことなく肩を優しく叩くも、礼安はそれくらいでめげる
すぐさまスイッチを入れなおし、院に向き直る。それと同時に院にはとてつもなく嫌な予感が立ち込めていた。
「院ちゃん!!」
ほんの一瞬、止めた方が良いのかもしれない親心に似た感情が、院の胸中を支配していたが、経験則上この状態の礼安はどうやっても止まらない『ハイパーお人よしモード』に入ったことを意味していた。
「――――止めても無駄なようね、礼安。……グッドラック」
「うん!!」
そう言うと、忠実な子犬のように輝いた笑顔のままに、礼安は教室を飛び出して透を追いかけ始めた。縁を結ぶため、仲良くなるため。何とも強引かつ脳筋な計画であった。こんな人物がこの間あの騒動を収めた英雄の卵そのものなのだから、辺りの生徒たちは理解を拒んでしまう。
もう出て行ってしまったものは仕方がないと、クラスメイト達は悲しい顔でそれぞれの放課後を送り始め、院はデバイスを用いて、前々から気になっていた透の素性を調べ始めることにした。
(どうも、引っかかるというか……その謎、気になりますわ)
それからというものの。仲直りを目当てにした、礼安の猛アタックが始まった。
ある時。図書室で目当ての本を探していた際、何とも届かない位置にあった格闘技のハウツー本を素早く取ると。
「はい天音ちゃん! この本探してたんだよね?」
「気持ちわりィ、近づくなよ七光り!」
またある時。校内掲示板で新着の学園都市内のバイト一覧を、透が真剣な表情で見ていた際。
「天音ちゃん、どのバイトが興味あるの?」
「うるせェ近寄んなよ七光り!!」
あれだけ悪態を吐かれたのに、あれだけ険悪な雰囲気を醸し出していたのに。ものの一時間もしないうちに、何とも間の抜けた雰囲気が漂っていた。
礼安を撒くために逃げようものなら、撒いたその先で出会う。
灯台下暗し、と言えるような場所にいたとしても、驚異的なサーチか運か、確実に見つけてくる。距離感の分からない人間と付き合うのは、こうも心労激しいものか。
それがかれこれ数時間。早めに放課後となった初日が足早に過ぎていく。礼安の執着を見た透の取り巻きは、礼安の諦めの悪すぎさに恐れをなしてどこかに行ってしまった。
「――――本当に鬱陶しいな、お前。何度もしつこいっつっても付いてくるしよ、撒いたと思ったらすぐ側にいるしよ。ゴキブリかよお前」
何とか撒こうと努力をしていた透。日はしっかりと沈み、息はすっかり上がっていた。しかし礼安は息一つ乱さず、友達になりたい忠犬かの如く爛々と輝く瞳で透を見つめていた。
「だって、あの教室の中で、ずっと笑ってなかったんだもん。気になるよ」
「んだよ笑ってなかったら犯罪なのかよ、お前の王国の元では仏頂面は死刑ものなのかよ」
「そうじゃあないよ、天音ちゃん! でもね、最初からなんか……貴女の中のもやもやが、どうも引っかかるの!」
礼安には、長い間虐げられていたことから培われた、他人の表情や立ち居振る舞いから『心の模様、色』をうかがい知ることが出来る。実際、それはフォルニカとの戦いの中でも有利に働いた、礼安自身の誇るべき
「……お前、読心術でも使えんのか?」
その透の言葉に首を傾げる礼安。無自覚ではあるが、他人の嘘や偽りを見抜くことが出来ることに、どうも一抹の気味悪さを感じ取っていた。
「――――分かったよ、七光り……いや、瀧本礼安。条件付きだが、少しだけ態度を軟化してやるよ」
その一言に礼安は表情を明るくするも、その礼安のテンションは「ただし」と打ち切られる。
「その代わり、明日の初回実践訓練時、俺とタイマンしろ」
「で、でも……決まりではけっこう? はダメだって」
「決闘だ馬鹿野郎、身体能力バケモノなくせしてアホの極み乙女かよ」
英雄学園内の決まり事、と言うより数少ない校則。制服や髪型、アクセサリーに関しては一切の決まりがないうえに、犯罪行為をしなければ大体どのようなことをしたって校則違反にはなりえないこの英雄学園内での、絶対的な決まり事。
それは、『デバイスドライバーを用いた、手前勝手な私闘の禁止』。
この校則が制定された理由は、単純に英雄の卵である存在を、その私闘によって失ってしまうことのリスクが重要視されている。それに加え、未熟な内では力のコントロールが出来ない中、万が一競い合う仲間でありライバル同士である英雄の卵自身が、英雄を殺した汚名を着せられることとなる。それらを未然に防ぐための、絶対的な決まり事である。
無論、それは透も礼安も十分理解していた。万が一力を扱いきれず、まかり間違って強靭な力を振るったら。命を奪う可能性を孕んでいることくらい、容易に理解できていた。
礼安は、その透の提案を撥ね退けようと考えたものの、透の今までにないほどの真剣な表情で引き戻された。
「俺は……何がなんでも『最強』でなけりゃあ駄目なんだ。そのためには……お前が、瀧本礼安と言う何もかもが恵まれた上位存在が、どうしようもなく目障りなんだよ」
窺い知る、透の心情。何の事情があるかは知らないが、『最強』であることに固執している。それを否定することは、彼女自身を否定することに他ならない。礼安に、それを否定することは出来なかった。
「瀧本礼安、お前に宣戦布告する! どっちが上か、俺とお前でタイマンだ」
「――――分かったよ、それで天音ちゃんが満足するなら」