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第三十七話

 変身を果たした透は、くすんだ黄色の装甲を纏っていた。装甲の重さとしては、丙良のようなごつごつとした重厚感のあるものでは無く、礼安のように無駄のないシャープさで、実に身軽。全体的に風を思わせる意匠が凝らされており、彼女の首元には赤色のスカーフが巻かれている。

 手には孫悟空が所持していたとされている、かの有名な如意棒のレプリカが握られていた。

「俺の力は風を司る。だから――」

 圧倒的風量で自分を押し出し、礼安に迫る透。

「こういう事だってできるんだよ、なァ!!」

 一瞬、如意棒の先がきらめいた瞬間。礼安の顔面をロックオンした如意棒が、圧倒的速度で伸長し迫りくる。

 ある意味、不意打ちに近い一撃。しかし、それを礼安は首をほんの少し傾けるだけで避ける。

 その瞬間に、只者では無いことを理解した透は、すぐさま如意棒を収め、中国映画でよくみられるような棒術の要領で礼安に突貫していく。

 しかし、礼安は神聖剣エクスカリバ―を顕現させることなく、無手の状態で透の棒術を捌き倒していく。

「――んだよ、余裕の表れかよクソお人よし!!」

 苛立つ透は、礼安の眼前に拳を繰り出す――のを寸前でやめ、手のひらを見せ視界を遮る。

「こうすりゃあ、少しくらいは肉薄できんだろうがよォ!!」

 ほんの一瞬しか視認できない状況であれば、ダメージは避けられないはず。そう考えた透は、超高速で胴体を狙い伸長。風穴を開けるほどの覚悟で打ち放った。

 しかし。

 礼安は、透が瞬きをした瞬間に背後に回っていた。

 そしてその瞬間に、首元に手刀を当て実に冷たい声色で呟く。

「これで、一回目」

 だが礼安はそれ以上のことはせずに、飛び退いて再び透と距離を取る。

 透は、礼安に背を向けながら冷や汗を流していた。

(今、何が起こった――雷??)

 礼安の、迅雷の如き速度。目で追うことなど不可能であった。

 高速と光速。どちらが素早いかは、火を見るよりも明らかであった。

 しかしそれでも、透の心は折れなかった。己が信じる『最強』を体現するために、ここで負けるわけにはいかなかったのだ。

「――本当に、癪に障る!!」

 振り向きざま、突くと同時に伸長。標的は礼安の胴体部、その鳩尾。

 しかし、今度は一切動くことなくその攻撃を受けた。だが、一切ダメージを受けている様子はなかった。透自身も、実感として手ごたえの欠片も感じられなかったのだ。

 ほんの少し、後ずさるのみ。殺す、とまではいかなくとも、苦悶の表情を浮かべさせるくらいの意識で攻撃したのにも拘らず。

 その如意棒による攻撃をものともしなかった礼安は、如意棒を片腕で掴むと、ほんの一息でそれを引っ張る。

 圧倒的な膂力を発揮する代償として、踏ん張る足の影響でトラックがひび割れる。

 そこで透が如意棒から手を離せばいいのだが、それもできない。礼安が如意棒越しに放った微弱な電気によって、偽の電気信号を腕に送られているためであった。

 それにより引き起こされるのは、自らの意思にない行動を強制されてしまう。あの事件以降、礼安も自分に与えられた力の使い方を熟知していたのだ。

 圧倒的な力で引かれ、礼安の左ストレートを叩き込まれる、その寸前。如意棒と透の体にかかる慣性を右腕の力の身で完全に止め、それと同時に拳も掌底の形に。透の眼前で、礼安の左拳が完全に静止したのだ。

「これで、二回目」

 先ほどと同じ、底冷えするほどの声。普段の明るい天真爛漫な声を知っているからこそ、そのギャップが恐ろしかったのだ。

 正直、二回分殺された判定を下された、あの攻撃を避けられた時点で、格の違いを理解していた。埋められそうもないほどに、まるでマリアナ海溝かの如く深い溝。

 分かりたくない、しかしどう足掻いても差が分かってしまう。それが礼安と透であった。

「……これが、俺とお前の差かよ。――信じらんねえ」

「――もうやめよう、天音ちゃん。これ以上やっても、何も生まれないよ」

 勝負の行方を見守っていたクラスメイトが皆、どちらが実力で上か、理解してしまった。あの事件解決の功労者は、先ほどようやくスタートラインに立つ準備が整った自分たちと比べ、圧倒的なものであった。同じ学年であることを恥じ、疑うほど。

 透は、如意棒を手から落とし、膝から崩れ落ちた。力の差から絶望に心を蝕まれ、対抗する心を失ってしまった。透にとっての敗北こそ、『心が折れた瞬間』。それこそが今であった。

「――――俺の、負けだ。現時点で、俺はお前に絶対に敵わねえさ」

 諸手を弱弱しく掲げた透による敗北宣言。それにより、対決の時間は終わりを告げたのだった。



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