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第三十八話

 お互いドライバーを取り外して変身を解除し、勝負を終えた二人に対して、賞賛の拍手が送られる。しかし、周りが礼安と院を見る目は、いち友人という訳ではない。尊敬を超えた、畏怖の対象そのものであった。

「――これで、とりあえず一組の意識改革は大丈夫かな。彼女の望みも達せられた、そして自分たちの近くにいる存在の異常性を理解できた。これで、よりこの子たちも英雄として勉強に励んでくれるだろう。礼安と院の二人も、自分が現在時点の頂点だからと言って、これに慢心せずに修練に励んでね!」

 そう言うと、実に楽しそうに手をひらひらと振り、スキップをしながら学園校舎に戻っていく信一郎。彼の思惑は合理的であったが、想像以上にえげつないものであった。

 なあなあで英雄間の競争社会を生き残ることはできない。この学園の主であり、この学園に存在する英雄の卵、それら万人の先駆者である信一郎が、誰よりもそれを理解していた信一郎が、この実の娘二人を交えたデモンストレーションを以って示したのだ。

 クラスメイト達は、礼安たちを羨望の目で見やる。それをどこか、礼安と院は居心地が悪いように感じていた。

「お父様、電話口では何か考えがある様子でしたが……こうだとは。見事にダシにされましたわ」

「皆……目がキラキラしてない。ギラギラ、って感じだよ」

 授業前、授業中はどこか和気藹々としていた雰囲気も、こうまで重苦しくなるとは。礼安も院も、そうなることとは考えていなかった。想像力が足りない、と言われたらそれまでだが、こうなることまで見越していた信一郎が一枚上手であったのだ。

「強くならなきゃ……」

「二人を見習わなきゃ……」

「ライセンスを顕現させたくらいで満足してちゃあだめなんだ……」

「一組の名に恥じない英雄にならなきゃ……」

 それぞれが、内に秘めた闘争心を湧き立たせ、暗い表情で教室に戻っていく。

 その時であった。

 突如として、生徒や教師陣の魔力とも異なる、歪な魔力を感知した礼安と院は、その対象に背を向けた状態で、敵意をむき出しにする。

 多くの生徒たちは、今や好奇心よりも恐怖心の方が強くなっていた。先ほどのやり合いを目撃しておきながら、それクラスの存在が敵襲。今の自分たちには、荷が重いどころの話ではないために、自分の命惜しさに学園内に逃げ込んでいくのだ。

「貴方、いったい何者なの」

 すると、その存在はけらけらと笑い、高価そうなシルクハットをひらひらと振る。

「やあやあ、英雄の卵諸君。唐突で悪いが、大人の世界は金がどうあってもいるだろう、高額融資の相談は如何かな?」

 礼安たちが振り返ると、そこにいたのは全体的に肥満然とした体格の、黒スーツの男一人。心の底が知れない、薄気味悪い笑みを見せる。それによって露わになる総金歯となった歯。しかしフォルニカとは異なり、見た目はそう若くない、実に五十代ほどと見える。その成金じみたその見た目は、見る者によっては不快感しか呼び起こさないであろう。

 そして、何より不快感を面に出していたのは、

「お前は……グラトニー!!」

 他でもない、透自身であった。


 礼安と院に関しては、その正体が『教会』関係者であること以外理解できなかったが、透の反応を見るかぎり、そのおくびにも隠さない様子から、敵対するには理由は十分であった。

「おやおや、債務者である天音透さんではないですか。先ほどの手合わせを拝見させていただきましたが……ずいぶんとこっ酷く敗北いたしましたねえ。そんな力ごときで、よくもまあ『最強』などと……嗤わせてくれます」

「黙れ外道が!! それ以上何か言うならぶち殺すぞ!!」

 敵意しか感じられない透を嘲笑いながら、礼安たち二人に向き直るグラトニー。

「まあ今回の目的は、債務者に対する未払い借金の催促という訳ではありません。神奈川支部を事実上の壊滅まで追い込んだ、そちらの功労者に用があるのです」

「――仇討でも、しに来たんですの?」

 そう院が脅すと、グラトニーは嘲笑していた。

「別に、フォルニカがどうこうという訳ではありません。私も、ああいった下品な輩は取引相手として大嫌いでして。道理の通じないマッドは、金払いがよくとも相手にはしたくないものです。ゆえに、ある意味貴女がたには……これでも感謝しているのです」

 フォルニカを嘲笑うグラトニーに対し、礼安は明らかに不機嫌な態度を取っていた。

「――あの人の事情を知らないからって、好き勝手言い過ぎじゃあないかな?」

「バックを知っていれば、多数の殺しは認める、と?」

 そのグラトニーの返しに何も言えない礼安。それが正論そのものであったからだ。しかし、そのグラトニーに対し、透は苛立ちを隠せていなかった。

「お前、あの『事件』の主犯格だってのに……よくそんな上っ面の言葉並べてられんな――このドグサレ野郎!!」

「『事件』……? はて、何のことでしょうか。物的証拠が一つでも――何かあるのでしょうか」

 その彼女たちのやり取りを見て、『事件』の単語に引っかかりを覚えた礼安と院の二人。

 しかし、院がそのことに対して質問しようとするも、透が激情のままにドライバーを装着する。英雄として誰かを守るためではなく、目の前の標的を殺害するためであった。

「お前は……お前だけは生かしちゃいけねェ……絶対に!!」

 『孫悟空』のライセンスを認証し、荒々しく装填。

「おやおや、荒事は少々苦手なんですがねえ」

 グラトニーも、懐からチーティングドライバーを取り出す。フォルニカの物同様、実に歪なデザインをしていた。しかし側近の存在が見られないため、たったひとりで敵陣ど真ん中にやって来たことに違和感を抱く院。

(発言や役職から考えても、明らかに打算で動くタイプのはず。そんな無防備に、自分がやられるリスクを考えない馬鹿はやらかさないはず……?)

「「変身」!!」

『GAME START! Im a SUPER HERO!!』

『Crunch The Story――――Game Start』

 院の心配をよそに、透とグラトニーが対峙する。


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