目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三十九話

 グラトニーの変身態は、機動力としてはそこまで感じられないほどに、重厚感のある和装、鎧を身に纏った見た目であった。その場から一切動く素振りのない、仁王立ちそのものである。

 フォルニカは徒手と触手、そして自身の能力『狂った青鬼リベンジ・オブ・ヘイテッド』を用いた、相手の心を徹底的に揺さぶるトリッキーな戦いを得意としていたが、グラトニーの手に握られているのは、刀身と持ち手が非常に長い薙刀、背に無数の歪な武具を携えていた。正面からどの攻撃でも受け切る、そんな慢心などではない自信が感じられた。大衆が想像する怪人の姿、と言うよりは英雄の装甲に感覚が近しいのだ。

「絶対に――お前だけはこの手で殺す!!」

 そう意気込み、如意棒を高速で何度も伸長させる透。しかし、その如意棒による連続攻撃を軽くいなして見せるグラトニー。

『全く、貴女はケダモノですか? 貴女なんぞの意志無き攻撃は、微塵も手ごたえが無いことくらい自覚したらどうでしょう』

「うるせぇクソッタレ!!」

 透も無策だったわけではない。脚部に風の力を溜めこみ、フィールドを蹴り宙へ。

 ドライバーの左側を力任せに押し込み、如意棒を宙へ放り投げる。

『必殺承認! 身外身たちによる大騒ぎのシンガイシン・フィーバーナイト!!』

 放り投げた如意棒が無数に数を増やし、透自身も無数に分身。それぞれがグラトニーに突貫していく。

 しかし、グラトニーはそんな透をせせら笑っていた。

『数じゃあ私はどうこうできない、それくらいのこと……人海戦術でどうこうすることしか能のない、この世の負け犬には理解できませんか』

 それと共に、グラトニーもチーティングドライバー上部を軽く押し込む。

『Killing Engine Ignition』

 薙刀に力を籠め、淀んだ魔力を滲ませる。一瞬にして透は「それに当たることは不味い」と理解したものの、圧倒的風力を推進力としているために、咄嗟に風力を逆噴射、と言うことは透の技量的にも出来ない。

 何とか回避しようと足掻くことは出来ず。『なぜか』推進力を増した透と薙刀。それを力任せに振り回し、透や如意棒の一団を薙ぎ払う。

 透の装甲は礼安や院のものと比べると非常に薄く防御力が低い。風力を扱うが故に、自身を徹底的に軽量化しているのだ。それゆえに、全てのダメージがほぼダイレクトに伝わってしまう。風力の逆噴射が出来ないもう一つの理由であった。

 衝撃が胸元にクリーンヒットした透は、派手に吹き飛んで変身が解除されてしまった。

 肺にモロに伝わった衝撃によって、透が呼吸をするのも困難な状況となってしまったのだ。

『これだから、負け組にはなりたくない。いつだって、強者に食い物にされるわけですからねえ』

 ゆっくりとグラトニーが近づく間、透は生命活動が何とかできるほどの酸素以外、取り入れることが出来ずにいた。肺に血が溜まり、咳と喀血が止まらない。誰彼構わず噛みつく彼女であったが、それすら出来ない状況下にあったのだ。

 しかし、透の前に立つのは敵意をむき出しにした礼安と院。それを見たグラトニーは、実に嬉しそうであった。

『いやはや、ようやく本題に戻れそうで。負け犬と商談をするのも、悪いことばかりではありませんね』

「『負け犬』って天音ちゃんを悪く言うけどさ……それ、本当に許せないよ」

「正直、彼女に良いことをしてもらった試しはありませんが……正直、見ていて非常に気分が悪かったので。礼安同様、外道である貴方を排他することに異論はありませんわ」

 しかし、ここでグラトニーは。そこで歩みを止めた。

『――――『三』対『一』。しかもその相手はどうも、術中に嵌めても無理な相手が含まれていると来た。ならば……退散することが一番の得策でしょう。本来の目的こそ果たされませんでしたが、敵陣で顔見せくらいは出来たので上々でしょう』

 変身を解除し、帽子を取り胸元に置くグラトニー。静かに三人に挨拶すると、薄気味悪い笑みを浮かべながら霧散していく。

「債務者の抵抗により、思ったよりも時間がかかってしまいました。次回は……いえ、次回の機会すら与えずに消耗させにかかりましょう。ではさようなら、お嬢さんがた」

 グラトニーが英雄学園運動場から退散した後、辺りに異変など無いか軽く見渡して、院は校舎の方を見やる。するとそこでコーヒーを啜りながら様子を窺っていたのは、紛れもない信一郎自身であった。

 デバイスを起動させ、戦力に加えられた、遠くで見つめる本人と電話を繋ぐ院。

「――恐らくですが、あのグラトニーとか言う教会関係者。お父様を察知して逃げたんだと思われますが、どうでしょう」

『正解だね、我が愛しの娘の一人、院ちゃん。ちょーっと勝負後の感想戦にしては時間かかってるなあ、とか思ってね。学園長室の大きな窓から状況を全て見せてもらったよ』

「――では、今我々が望んでいることは分かりますね?」

『無論だとも、既にそちらに救護班が向かってるよ』

 そう信一郎が微笑するとその言葉通り、英雄学園が誇る最上級の救護班が担架を持って現れた。透の現状を軽く診て、すぐさま保健室へと透を連れて行った。

「――大丈夫かな」

「恐らくは。命に別状はないでしょうが……せめて、あの場で変身してから前に立つべきだと思いますわ。あの外道の能力が知れてない中で前に出ることは……自身の命を擲つ行為ですわ」

 礼安にそんなこと言っても無駄だ、と言うことを自覚していながらも口に出てしまう院の心配。そんな心配などつゆ知らず、礼安は笑って見せた。


 しかしその一時間後。礼安と院の元に、耳を疑う情報が入ってきた。その情報を二人に血相抱えて伝えたのは、英雄学園救護班の一人。

「学園長の娘様二人に、急を要する報告です!!」

 何か嫌な予感を抱いた二人は、その報告を神妙な顔つきで聞く。その後、二人とも一組の担任に許可を取って学園を飛び出した。

 その急報は、『透が処置後経過観察中に、突如として行方不明になった』とのことだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?