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第四十話

 あの手合わせ及び『教会』の襲撃から、早一時間後。透は誰の目にもつかない学園都市の暗い路地裏へ逃げていた。整備されていない訳では無いものの、多くの人で賑わっているわけでもない。あまり群れることを良しとしない英雄科や武器科の人間ばかりが、この場に集っている。

 取り巻きすら自分の側に置くこともせず、ただ一人で歩く。道ですれ違う者は全て、首席入学した気性難の透の事を知っていたために、あまり刺激しないよう意図的に避けられていた。

 思い返すのは、手合わせの最後に自分に向けられた言葉と、襲撃時の礼安の行動。

 あの時、対して回避されるわけでもなく、しっかりと敗北したこと。

 あの時、自らの憎しみから生まれた分かりやすい隙を見せ、礼安と院に庇われたこと。

 それが、自分がどうしようもなく情けなく思えて仕方がなかった。

「俺は――弱いんだ。あくまでお山の大将だったんだ」

 『最強』なんて、夢のまた夢。自分があの学年の頂点なのではなく、数日前に彗星のごとく現れた良血統かつ努力の鬼のような存在が、自分の手の届かない場所に存在していたのだ。

 透自身、驕り高ぶるわけではないが、あの手合わせに関しての事前準備は万全であった。

 あの瀧本礼安と言う存在を侮ることはせず、予想される戦い方を思考し、それに合致した戦術を立てた。修行として、多くのならず者をコテンパンにした。変身することなく、徒手格闘のみで。不平等を嫌う透にとって、人体よりも圧倒的な性能を誇る装甲アーマーを生身のならず者相手に纏うことは『弱い者いじめ』であると、自覚していたためだ。

 しかし、相手は力の扱い方を熟知していた。ほんの数日前に力を覚醒させたとは思えないほどに、天性の才能センスが光り輝いていたのだ。それに、あそこまで戦えるようになったきっかけも、先日の騒ぎが原因。ありとあらゆる要素において、透は礼安に負けていたのだ。歪んだ地盤のまま、そこに家を建てたとしたらいつか崩れ落ちる。それが、つい先ほどの話であったのだ。

 先手どころか戦闘の全体的な主導権を、最後の一瞬まで握られていた。勝利するビジョンが思い浮かばなかった。『最強』なぞ夢のまた夢、絶望的であった。

 力の差。それはほんの数日で、簡単に埋められるほどの小さなものでは決して無かった。言うならば、そのスポーツ始めたての初心者が形だけの抵抗を一通り行い、それら全てを熟練者に簡単に捌かれ、苦しむことの無いよう一撃で勝負をつけられるようなもの。

 もはや清々しい。何があったらあそこまでの差が生まれるものか。

 問題は二つ目にある。

 自分がいたずらに前に出て、何もできずに弄ばれた結果、庇われた。その事実がどうあっても許せなかったのだ。自分自身を卑下するどころの話ではない。

 もし、あの庇った行動で礼安と院が死んだとしたら。自責の念に駆られ、きっと透自身命を絶つだろう。

 『弱者は、強者の邪魔をしてはならない。』

 『強者は、弱者を守る存在である。』

 今まで透が生きてきて、学んだ人生哲学。それを、自分自身の身勝手な行動によって否定してしまうのだから、自分がただひたすらに許せなかったのだ。

 少しでも、透と礼安と院の間に存在する力の差を分かっていれば。サポートに徹していれば。

 今となっては、思考しても意味がないタラレバの話。しかし、それをしてしまうほどに、透の心は摩耗していたのだ。

「……クソッ」

 『孫悟空』のヒーローライセンスを強く握りしめる。自分が強くあり続けるために、己の内に秘められた『強くなりたい』欲を開示し、扱えるようになった力。使えるものは何でも使う、その精神で簡易的な契約しか結ばなかったことが、この結果を生み出したのだった。

「――俺に応えろよ、孫悟空さんよォ。俺は強くなりたいんだ……」

 袋小路に行き詰った。歩いた先も、透の力も。

 思わず漏れ出た言葉に、ライセンスは一切応答せず。

「――俺の中にいるお前さんは、あの話同様だいぶ意地悪ィんだな」

 弱り切った悪態を吐くだけ。透は、どうすることもできなかった。

 しかし、その時であった。

「……探しましたわ、天音さん」

 そこに現れたのは、学校を去った透を、ただひたすらに追いかけた院であった。


「……んだよ、敗者である俺になんか用かよ。『ビッグマウスのわりに案外弱かったな』、とかでも言いに来たかよ。あのクソお人よしは……居ねえか」

「ええ、今頃礼安はこの学園都市を迷子になっています。あとで探しに向かわないといけないので、手短に」

 そんな虚勢を張る透を、憐みの目で見る院。その目に、心底嫌気がさしていた。

「俺の敗北宣言が見たいわけでもなし、何なら『学園に戻ってこい』だなんてテンプレセリフもナシ。何もねえならこんなとこに来るなよ。強者の余裕、そう取られても文句は言えねえぞ」

「違います、私はそんなド外道ではありませんわ」

 院はそう語り掛けると、デバイスをいじりだした。

「――以前から、貴女の名前に引っかかって。大雑把ながら、全て調べさせていただきましたの」

「――――なら、何なんだよ」

 提示されたデバイスには、日本内でもスラムと言えるほどに治安が悪い区域にて、ある事件の被害者一覧。その中には、『アマネ』の名字が複数存在していた。

「かつてあった……治安のさらなる悪化を予防するために、『漂白ブリーチ』と称して……頭のおかしい『教会』の端役による、大量虐殺が身勝手にも行われました。歴史上の出来事になぞらえた、通称『ホロコースト事件』。貴女は――その、被害者の一人ですわね」

 ホロコースト。それはかつて、第二次大戦中のナチ党支配下ドイツにて行われた、ユダヤ人を中心に行われた大量虐殺行為。『教会』が行っていた行為は、それに類する行為であったのだ。

 さらに、不幸にも透はその事件の被害者。それにより、両親を失っていたのだ。

「――――あんまり、思い出させんじゃあねえよ。胸糞悪くなる」

「それについては失礼しました。でも――それが貴女の目標である『最強』に紐づくのでしょう? だから、礼安や私を目の敵にした。私自身が言うのもアレですが……ぽっと出の存在に今の『首席』と言う高尚なブランドを、より高いレアリティで奪われることが何より嫌だったんでしょう」

 院の言葉は、的を射ていた。誰にも明かしたことは無かったが、調査によって知られてしまった事実であった。

 そして、それは透にとって知られたくない事実でもあった。

「さらに、貴女は……と言うより天音家は莫大な借金を抱えている。恐らくあの口ぶりからして、あの『教会』埼玉支部のあのグラトニーに嵌められたのでしょう」

 元々、天音家は裕福な家庭であった。そんな中で、少しでも家族にいい思いをさせてあげたい親心から、新規ビジネスを打ち立てるためにも融資を申し込んだ。しかし、何者か……十中八九グラトニーの策略によりビジネスは派手に頓挫した。その結果、極貧生活を強いられることとなった。

 さらに、追い打ちをかけたのはあの『ホロコースト事件』。何とか家族を立て直そうとしていた最中、両親は透たちを庇って惨殺されてしまった。

 それが、透の胸中に影を落とす結果となったのだ。

 すっくと立ちあがって、院に背を向ける透。その横顔は、実に物憂げなものであった。

「――――俺については、もう探んじゃあねえ。それで変な情をかけられたら気分悪ィ」

「でも、正直看過できません。貴女だって日々の生活を送り辛いでしょうに――」

 その院の心配を、近くの壁を殴りつけ静止させる。拳からは鮮血が滴り落ちていた。

「……それが、それが迷惑だって言ってんだよ!!」

 一切表情を見せない透は、声が震えていた。抱えているものの大きさに、誰より圧し潰されそうであったのにも拘らず、気丈であり続けることに、強くあり続けることに、一匹狼で在り続けることにこだわったのだ。

「誰もが――優しさを求めていると思うなよ、勝手に押し付けられて……迷惑だ」

 こんな時、礼安だったら何と言っただろう。それでも、望んでいなくとも、自分の欲のままにお人よしであり続けるのだろう。

 しかし、この場にいる院はどうだろうか。

「――この『教会』の案件は、俺一人でカタを付ける。そうじゃあなきゃあ……俺の目指す『最強』じゃあねえ」

 その場を去る透を引き留められるほど、意地っ張りではなかった。



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