三人が向かった先は旅館備え付けの仮医務室。元々通常の部屋を即席で治療ができるように多少なり部屋を改造している。作戦が長引いたとしても手短に終わったとしても傷を癒せるように拠点を移した、という形であった。
いくつかある病床に寝かせられた子供たち。救護班の一人が指さした部分には、下腹部の裂傷痕がいくつか。礼安が感じ取るに、歪な魔力がそこら中に渦巻いていた。それこそ、チーティングドライバーを使用した者と同じような、ただそこに手をかざすだけで気分が悪くなるほどの、どす黒い魔力であった。
「こ、これって……!」
「――彼らは、チーティングドライバーの実験台にされた、と見ていいでしょうね」
エヴァのその一言は、透にとっては最悪そのものであった。すんなりと事が運んだ理由はここにあったのだ。平穏な日常など決して与えない、
「我々は手を尽くしましたが……今は危篤状態を回避させることしか出来ません。魔力の母体となる存在をどうにかする以外に、この子たちが助かる道はありません。もって――一週間ほどでしょう。あとはこの子たちの『生きる意志』次第です」
しかし透は、そんな子供たちを見て、怒りに打ち震えていた。髪を掻きむしり、壁に拳を乱暴に叩きつける。
「……るせねェ……許せねェあのクソ野郎……!! よりにもよって……チビ共までどうこうするだなんてよ……!!」
透が何より大切にしていた存在を傷つけられた。それこそが彼女の怒りの琴線に触れた。それは実に道理が通っていたのだが、その彼女の雰囲気は実に恐怖と怒りに満ちた歪なものであった。
「――天音さん。とりあえず今は体勢を立て直すべきです。ただでさえ、貴女は一度敗北し、子供たちを助けた際もかなりの傷を負っていました。自分の命を擲とうとする無茶は、仮にも先輩である私としては看過できません」
透を案じるエヴァであったが、『急いては事を仕損じる』といった安定重視の考えが気にくわなかったのか、それとも『憎たらしい相手に負けた』という現実を突きつけられたことが気にくわなかったのか。彼女の怒りの炎に油を注ぐ結果となる。
「――ああ、俺は弱いさ!! それでもガキどもをこうしたアイツが何より許せないんだよ!! 俺はあのクソ野郎を『殺してやる』、生きていることを後悔するほど惨たらしく――――」
「……礼安さん、今から私はらしくもなく怒ります」
透がグラトニーに対しての恨み節を吐き出しているとき、エヴァは透を容赦なく平手打ちした。そこまで戦闘のプロフェッショナルではないエヴァのため、痛みはそこまで無いだろう。しかし、透からは不思議とそれ以上の恨み節が漏れ出ることは無かった。
なぜなら、エヴァは泣いていたのだ。平手を貰ったことに対して、何か言い返してやろうと顔を上げた透が、その顔を見てしまったのだ。何故泣いているのか分からないために、言葉を失ったのだ。
「――最初、貴女は子供たちが傷つけられたことに対し怒っているのを見て、多少の無茶は大目に見ようとも思いました。何ならば、貴女がぼろぼろの姿でここに駆け込んできた際……あれだけのビッグマウスっぷりでもその言葉に違わない、実に高潔な精神が備わっているのだと、私は感心しました。でも……今の貴女は英雄じゃあない。対象を殺すことを目的とした、ただの復讐者です。復讐を悪とは言いませんが、その姿勢だけは表に見せてはならないものでしょう」
エヴァの横に立つ存在、礼安。彼女はクランが襲撃してきたときも、フォルニカを相手にした時も『民間人を守る』『誇りを守る』『相手を闇から救い出す』ことを念頭に置いて行動していた。だからこそ、エヴァは礼安に惚れた。礼安の多少無茶とも思える行動も、どこか許せていた。
しかし、今透が目的としているのは、『グラトニーへの報復、つまるところ殺害』。英雄である前に、人として許せなかったのだ。殺人を許容するなど、誰であれ肯定できるものでは無かったのだ。
もしも、この殺意を許容してしまったら、世の犯罪の内殺人罪は形式上あってないようなものになる。司法による厳正な罰はある程度許容できるが、私刑はどの時代であっても犯罪扱いされる。個人の裁量に任された、私情に満たされたもので犯罪者を裁くなど、現行の法律ではあってはならない行為であるのだ。
英雄である以上、誰から見ても模範的存在であらねばならない。少なくとも、殺意に身を任せ動くなど……英雄の姿をした犯罪者である。圧倒的な力には、圧倒的な責任が付いて回る。その責任が大きいため、ある程度の越権行為も許されている節がある中で、透の行為はこれから、そしてこれまでの英雄の卵、あるいは世に出ていった英雄たちの顔に泥を塗る行為であることに他ならないのだ。
「……貴女が英雄学園入試に首席で合格したと聞いて、かなり期待していました。ですが……ただちょっと力を兼ね備えただけの……復讐心に駆られた獣同然で見ていられません。今の貴女は――武器を卸す価値もない人。英雄として失格です」
そのエヴァの言葉に、何も言い返すことが出来ない透。頬に未だ残るひりつきを感じながら、言葉を噛み締めることしか出来ずにいた。
エヴァは涙を浮かべながら、その場を足早に立ち去る。残されたのは礼安と透のみ。
しばらくの静寂。最初、救護班皆エヴァの平手打ちに驚愕したものの、自分たちの使命を全うするべく子供たちの治療に専念するため戻っていった。
透は完全に意気消沈していた。先ほどまでの殺気は、全てエヴァの心からの叱責によってかき消されてしまった。
そして礼安は、そんなダウナーな透に手を差し出す。笑顔ではなかったが、せめて気が紛れれば、その一心であったのだ。
「――透ちゃん。ちょっと屋上に行こうか。多分……今部屋には戻り辛いだろうし」
透は俯き無言のまま、ほんの少しだけ頷いた。