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第四十七話

 『教会』埼玉支部、その拠点にて。債務者から取り立てた金で華美な装飾からより華美な装飾へ。金への歪んだ欲がその場に足を踏み入れただけで理解できる、成金によって作り上げられた下卑た屋敷。至る所に金、金、金。下品極まりないその空間は、人の出世欲や金欲を歪ませるだろう。

 どこで手に入れたか、世界的に有名な芸術作品に、著名な陶芸家によって作り上げられた壺、そして至る所に散らばった札束。はいて捨てるほどある金は、財布や金庫に入れずとも、何ならその札束を一本でも二本でも盗まれたところで痛くもかゆくもないのだろう、だから無防備に放置、あるいは使用されているのだろう。

「良いんですか、あの英雄の卵を追わなくても」

 ひとりの下っ端が跪きながらグラトニーに意見する。その言葉に、グラトニーはやたら高級そうな葉巻をふかしながら恍惚そうな表情で語る。

「まあ、少しくらい債務者が逃げ出したところで、我々の金融業が成り立たない訳ではありません。元より、我々の目的は別にあるのです」

「目的、ですか」

 その下っ端のオウム返しに、目を細め怪しげな笑みを浮かべた。

「ええ。私はあの猿の債務者に少々期待しているのです。学園ではその価値も無いと思っていたのですが……少々『家族』が絡むと、人が変わるようで。学習能力のない猿のように単純で……実に分かりやすい」

 下っ端は怪訝な表情を浮かべながらその場を立とうとする。しかし、それをグラトニーが制止する。その場は冷え切った空気で包まれる。

「――何か、ネズミが紛れ込んでしまったと、そういう情報が我々『教会』埼玉支部にタレこまれたのですが、貴方は何か知りませんか? 『名も知らない貴方』」

「くッ……!!」

 下っ端は冷や汗をかきながら短銃を懐から出し、グラトニーの命を狙う。

 何発か連射するも、『すべてグラトニーを避けるようにして』グラトニーの背後の壁に弾丸がヒット。

「な、何で」

「ああ、何処から来たか分かりませんが……鉄砲玉さん。あまり戦いの心得のない素人ではありますが……死ぬ前に一つ忠告しておきましょう」

 高そうな椅子に、深く腰掛け直し足を組むグラトニー。その表情は実に余裕そのものであった。

「敵陣に突っ込むならば……少しくらい情報を整えてから出直してみてはいかがでしょうか」

 指を軽く手遊びかのように薙ぐと、その人間の胴体が綺麗に分断される。刃物で切ったのではない、実に乱雑な断面。臓器と鮮血が辺りにどろりと零れ出す。今まで懸命に生きてきた人間の生命が、たった一人の男の悪戯によって散らされた、そんな事実は衝撃的なものであった。

「ああ、クリーニング代くらいは請求しておくべきでしたかねえ。まあどうでもいいでしょう」

 すると、手を軽く叩きこの支部お付きの使用人が複数現れる。何も言わず死体を流れ出た血液や臓器ごと持ち去る。さらに入れ違いのように複数の使用人が高級そうなカーペットをずるりと持ち去っていく。

「いい、実にいい。金というものは人生を豊かにしてくれる素晴らしい発明品だ。このような素晴らしく分かりやすいシステムを作り出した先人に、今は感謝を」

 空にワイングラスを掲げ、グラスに残ったワインを一息に飲み干す。ため息を吐くと、再び恍惚な表情へ戻る。この世を金と言う薄汚れたモジュールをふんだんに用い、精一杯楽しんでやろうという、快楽および悦楽。それを全身で感じ取っていたのだ。

 人を踏み台にし、得る快楽はただものでは無い。相手を出し抜いて生きる競争社会こそ理想郷。騙し騙され、ではなく騙しぬき続ける。それこそが、グラトニーの何よりもの幸せであったのだ。

「今回の案件……神奈川支部のアイツのようなへまはしません……ええしませんとも。万全を喫し、当然のように英雄に勝利する。それこそが……我ら『教会』に課せられた宿命なのですから」



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