一通りの治療を受け、礼安たちの元で俯く透。事情を聴くにも、少々難しい空気感に支配されていた。院は先ほどの礼安の問いに静かに答え、礼安は表情をさらに悲痛なものとした。
本当なら、院自身透の踏み入った過去について、当人でもないのにも拘らず公言するというのは避けたかった。しかし、ここで全てを開示しておかないと、なぜ七人の子供たちを助けここに駆け込んだのか、そしてあれだけプライドの高い透が命を賭して人知れず戦ったのか、彼女の勇気がどれほどのものかと言うものが分からずじまいであったためである。
「――ッたくよ、誰かに言いふらすなっつったのによ」
「しかし、これほどの状況です。この秘密を明かしておかないと、後の行動に響く……そう考えたためです」
透は地獄のように凍てついた空気を察知したのか、自ら口を開く。深い傷を負った左腕を庇いながら。
「……お前ら、俺を助けに来たんだろ。何となく理解できる」
「――そう、あくまで私たちの意思でここに来たんだ。天音ちゃんが家族を守りたいから、ってのは院ちゃんに聞いたけど……例えそれを聞かずとも私は助けたかったんだ」
そんな礼安のお人よしぶりに頭を抱えながら、透は壁に背を預けた。未だ、学園から来た治療班の施しを受ける七人の子供たち。それらにどういった関係性があるのか、院から全てを聞いた礼安とエヴァは、いてもたってもいられなかったのだ。
「――もう隠すのは無駄か。情かけられんのが嫌だなんだと、ほざくのはもう無理だな」
弱者が強者の邪魔をしてはならない。その彼女の信条を、自分自身で破るだなんて不本意な行動は避けたかった。
そう言うと、ポケットから取り出したのは家族の集合写真。今の透以外にも、助けられた七人が写る、とても微笑ましい写真であった。撮影場所は、埼玉の中のスラム街。透以外の子供の服装はとてもみすぼらしいものであった。写真が撮られた時期的にも、英雄学園に入学が決まった二か月ほど前の事であった。
「……こいつら、元からスラムの出でな。しかもあの『虐殺事件』によって、親を殺されてる。見ヶ〆料がどうだとか、急に金持った連中から齎された、到底筋の通らないような下らない理由でだ。今までそんなこと無かったはずなのに、支払い能力がない奴らを狙って殺害していったんだ。奴等への怒りはそのままに、残されたガキたちは生きていくのもやっと、犯罪者になるしか道は無かったんだ」
デバイスの電子マネー残高を表示する透。その画面に映る残高は実に雀の涙。再び送金された後の残高である。礼安と院は知っている。彼女が学内掲示板において多種多様なアルバイトを探していたことを。他でもない、礼安自身がその光景を目撃している。
学園都市内のアルバイトは、本島で受けることが出来るアルバイトよりも割の良いものが大多数。それはアルバイトで本来進む道を阻害してはならない、と信一郎が国よりも有能な条例を学園都市内に発布しているからこそ。特権的能力を持った存在だからこそ、細かい部分も満たされなければ彼らのやる気に繋がらない。インフラの問題も全て解決してこそ、そう考えた結果である。
「――正直、俺も今のままってのは胸糞悪くてな。どうにかこうにか、チビたち連れて行方でもくらまそうと思ってたんだ。俗に言う高飛び、ってやつだ。そうすれば、今治療されているチビたちの平穏な生活、ってのも守れる気がしてな」
彼女の根底にあったのは、弱いものを守ろうとする優しい心であった。見た目をどれだけ派手に着飾ろうと、偽ることのできない芯の部分。それこそが、今の彼女の表情であった。
弱者は強者の邪魔をしてはならない。それは裏返すと、強者は弱者を守り抜くべきであるという、崇高な信念が備わっているもの。
「――あのチビたちに、この服貰ってよ。『どこかからパクった訳じゃあない』っていうんで預金残高見たら、あのチビたち……『日頃世話になってるから』って理由で俺にこんな派手な服装させたんだと。玩具でも何でも、もっと他に欲しいものあっただろうに」
そこで、礼安はふと疑問を抱いた。それは、彼女が戦う理由について。
「……天音ちゃん、一つ聞きたいの」
「……あんだよ、お前の前で嘘吐けねえのは分かってるんだ、何言ったところで本当の事しか語らねえよ」
「なら」、と一呼吸おいて実に当然であり、辛辣な言葉を投げかける。
「そこまでの確かな欲があるのに、何で決闘の時……あれだけ出力が出てなかったの?」
「――ッ」
それは、まさに正論であった。『スラムに残した仮の家族を養う』という明確な大義があるのにも拘らず、そしてその欲はとても純粋で何者にも犯すことのできない状態にあっただろうに、礼安に完全に劣っていたあの力。英雄としての知名度は確かな物であるため、場数の問題で片づけるには、少々無理があったのだ。
「……それは」
重い口を開きかけたその時、礼安たちの部屋に救護班がやって来た。しかも、実に神妙な面持ちであった。
「――エヴァさん、礼安さん、透さん。今すぐ医務室に来てくださいませんか」