午後六時、夕食が間近には迫っているものの、これからの自分たちの動向や作戦について思考するべく、皆を一室に集めた礼安と院。
旅館の一室をそのまま作戦会議室として利用しているものの、その一室は通常の旅館におけるスイートルームレベルの広々とした部屋。家具や座敷など、すべてが超一級品であるために、いち学生には少々もったいない気がしてならない。しかしここは礼安と院、そしてエヴァの三人が宿泊する部屋。エヴァは一緒の部屋だということで狂喜乱舞していた。
「――すみません、お二人。夕食前であるのに、少々時間をいただくことになって」
そんな律儀な院に対し、ラフに笑いかける剣崎と橘。
「や、アタシらが来た理由はそれだ。別に埼玉観光しようだなんて思考はハナからねぇさ」
「まず埼玉に関してはウチらの故郷だしな、今更どこ観光したって特別な感情は抱かねえさ」
冗談交じりな二人の振る舞いを見て微笑する院。そしてすぐに空気を引き締めなおし、一人の英雄の卵、そして参謀としての手腕を振るう。
「――では、早速『教会』埼玉支部へのカチコミ……もとい、『天音透および他民間人救助作戦』概要について。我々でどのタイミングで仕掛けるか、そしてどのように作戦を遂行していくか。事前に的確な日時を決めておいたので、それらを我々の中ですり合わせていきましょう」
用意してもらったホワイトボードに、案件概要を美麗な字で事細かに記入していく礼安。事前にまとめた情報をもとに作成した、各種資料を皆に手渡していくエヴァ。さながら会社で行われているMTGのよう、そう言えるほどに厳粛な空気が漂っていたのだ。
「まず、作戦決行日時について。これは……明日朝四時。できる限り早く、そして相手方の準備が整い切らない中で決行、天音透らの救出にあたるのが、最も適しているかと思いますわ」
「朝早くとは……中々にえげつない……相手の脳みそも寝起きで鈍って追いつきませんね」
それに関して、意見を言うべく橘が手を上げる。その面持ちはとても不安げであった。
「なるべく早く、なら……今夜とかはだめなのか? その方が、トーちゃんがもし傷ついていた時もケアしやすいだろうし……」
その質問に、資料を手にして明確な反論をぶつけるエヴァ。橘とは逆で、実に自信に満ち溢れている表情であった。
「そこについてはご安心を。この作戦は天音さんが向かってしまわれる、少し前から立案されてきたものをリメイクした作戦です。諜報のためのドローンからの情報や、信頼できる情報屋からのタレコミによると……ちょうど手薄になるタイミングが午前三時半から午前四時半の一時間。今回の作戦決行時間はそこを叩くため、と言うことになります」
ちょうど守りが手薄になる一時間。その理由は正門、後門の守衛が丁度切り替わるタイミングの合致にある。
外で立つ守衛自体、正直そこまで強さを備えているわけではない。それは『教会』の下っ端が毎回その業務にあたるためである。内部でどういった悪事をこなしているかは、もちろん知らない。おいそれと知って、どこかに口外する、と言った安易な裏切りを防止する意味合いが込められているのだ。
さらに、チーティングドライバーに魅せられたはいいものの、あれを貸与される存在は位が上がってからでないといけない。その理由は、先日の元神奈川支部所属のクランの裏切り、および青木の裏切りによる防止策施行の影響であった。
それにより、今『教会』はすべての支部が相対的に弱体化している。自分の意志でチーティングドライバーを起動し怪人化する……位が上がればある程度怪人化する流れがあるだろうが、端役程度ではその流れが少なくなったのだ。
ゆえに現状下っ端は、銃刀法にがっつり抵触している最低限の武器を携帯こそしているものの、身体能力に秀でているわけではないため、丁度交代のタイミングを計らって両門から突撃してしまえば、ある程度のアドバンテージを得られる、と言う訳である。
「――次に、決行作戦内容について。エヴァ先輩が信頼する情報のつてから、天音さん以外に救助対象が複数名存在する、とのことでした。それについては、エヴァ先輩から」
「……はい、正直作戦実行難易度が結構高まるんですが、どうやら七人ほどの子供が軟禁されているとのことで。どこで誘拐してきたかは知りませんが……同じく全員の生存を最低目標として動く作戦として――――」
そのエヴァと院の発言に、驚きを隠せない剣崎。
「ち、ちょっと待ってくれ……もしかしてトーちゃんがカチコミかけたのって……」
その二人の焦る表情を見て、まるで自分のことのように案じる礼安。
「何か……訳を知ってるの??」
それについて院たちが語ろうとした、その時であった。
何やら旅館の入り口がとても騒がしかった。礼安たちは作戦会議を一旦中断し、入口へ小走りで向かうと、そこにいたのは衝撃の人物たちであった。
「――――ここに来りゃあ、適切な処置が受けられると聞いた! 頼む、このガキたちを助けてやってくれ!!」
何者かの襲撃によって血を流しながら、深い傷を負った七人の子供を庇う、救出対象であるはずの透がそこにいたのだ。