埼玉市街。東京繁華街や学園都市と比べると人の雰囲気は落ち着いており、行きかう人々は少々年齢層が上がる。どころか、若年層が都市部の方へ流れていくために、高齢者が多くみられる。異常と思えるほどに。
その理由は、現代の物価の高騰や、世の中が高学歴や英雄を求める方向性となったがため。
デパートなどの建造物は少々古びたものであり、今となっては存在する場所が少なくなったシャッター一つ降りていない活気溢れる商店街の並び、人によっては懐かしさを感じられるほどの街並みに、礼安たちは足を踏み入れる。
しかし礼安とエヴァは商店街を珍しく思い、院たちとは離れ食べ歩きツアーが始まってしまった。院が止める間もなく。
「――全く。まああの子が大好きなお肉があったら、そちらに駆けていくだろうな、とは思ったので違和感はありませんが」
院は剣崎と橘の二人とともに、今回の救出作戦における寄宿所に向かうべく、「土地勘がある」と語った二人を先頭に、埼玉市街を歩いていた。
「大分、若い方の行き来がありませんが……いくら何でも正直少なくありませんか?」
「それについてはウチが」
剣崎と並んで先導する橘が、院の疑問点に答える。
「――元々、この埼玉と言う土地は東京と程近いがために、人が流れていきやすい場所にあるんだ。現代における『因子持ち』が総人口の約一割と言われているが、そう言った存在は一割の確率で生まれてくることはほぼ確定事項。割と、な頻度でぼんぼこ生まれていく中、その英雄たちをビジネスに少しでも活かそうと考えるやつが多い、実にハングリーな奴が多くなってきたんだ」
「でも、ハングリーで片づけるには、少々異常ではないですか……? 見たところ、本当に若年世代が見られないようですが……それに、街行く人皆それなりに裕福な方ばかりですが」
その院の最もな問いに、剣崎と橘の二人は顔色を暗くした。
「――もし何か悪いことを言ってしまったのなら謝りますわ」
「いや、それが正しい返答だ。『おかしい』と思って当然なんだ」
今度は剣崎が、院の疑問に答える。終始、重苦しい雰囲気であった。
「アタシらみたいに、英雄の因子持っていれば……って思い悩んで、違法に英雄の因子を体内に埋め込む、だなんて大馬鹿野郎も少なからずいる。だから、この埼玉の中でも『スラムエリア』が生まれたんだ。そこで……アタシらとトーちゃんは育ったんだ」
英雄の因子は、先天性のものがほとんど。政府は後天的に英雄を生み出すことを人道に背かないためにも違法としている。その確たる理由が、英雄の因子を後天的に移植する方法にあった。
因子の移植。それは、『合法的に当人から正式に受け継ぐ』場合か、『非合法的に、その当人の心臓と血液を、そっくりそのまま生きたまま移植する』場合の二つである。
前者に関しては、法的に許されている。寧ろ、推奨されている。世継ぎに力の譲渡を行うことで、英雄を志して成長していく際に、実に効率的な導線となる。その因子を持った当人と英雄、そして世継ぎがそれぞれOKを出せば、因子の継承が成される。運命の悪戯によって、『因子持ち』でない存在も秀でた存在になれる、数少ない手段である。
しかし後者は大いに問題がある。それは英雄の因子を持った人間をはっきりとした意識が残るままに自分に移植する行為は、命を酷く軽んじていると禁止されている。そして現実問題、英雄と言う超特権存在になりたいがために英雄の卵を誘拐し、その力を違法に我が物としようと企む犯罪組織は少なくない。
「……貴女がたと天音透は、幼馴染なんですの」
「そうだよ、ウチらは生まれた時から近所。だから……行方不明になったって知って嫌な予感がしたんだ。トーちゃんは――」
「待ってバナちゃん、その先は本人から口止めされてるでしょ」
「悪ィ」とだけ呟くと、二人の現状語りは唐突に終わってしまった。しかし、院はほんの欠片ながら理解していた。透の抱える闇について。
「――確かに、その話はここじゃ少々重すぎますわ。寄宿所で話す以外には選択肢はないでしょう」
その院の言葉に、驚きを隠せない二人であった。
寄宿所は、学園長自らの推薦であるために、寄宿所とは名ばかりの高級旅館であった。通常なら数百人は優に宿泊可能な大きさがあり、温泉も巨大な露天風呂。しかもこの礼安たち一行以外に利用者のいない完全貸し切り状態となっていた。
「どれだけ金かけましたの学園長……」
「ざっと数億、と聞きましたわ」
その場にいる英雄学園サイドの人間全員が、唐突に表れた旅館の仲居の言葉と姿に驚愕する。
「びっくりしたぁ、いつからいたんですか??」
「ざっと……お客様たちが、こちらにいらっしゃったタイミングですね、ええ」
その底が知れない笑みに、どこか寒気を感じ取る礼安以外の面子。しかし当の礼安は仲居さんの手を優しく掴み、爛々と輝く瞳を向けながら宣言する。
「私たち、友達を助けるためにここにやってきました! どのくらいかかるかは正直分かりませんが……よろしくお願いします!」
明朗快活な礼安の立ち居振る舞いに、一瞬礼安に対し異常者を見るような目を向けるも、そこはプロ。そういった彼女に対してもスイッチを切り替え営業スマイルを欠かさない。
「いえいえ、私共の微力な力添えが英雄様御一行のためになれるのなら……」
旅館内に入る一行、その内の院は、一瞬礼安に向けられた目を想起する。礼安の思考は、行動は、半ば異常行動ともとれるのだろうか、と。誰かを思い見返りを一切求めないその信念は、今や人としておかしいことなのだろうか、と。
長いこと礼安と過ごしている院にとって、感覚がマヒしているのか、それとも自分もおかしくなってしまったのか、どうも引っかかるのだ。
(――まあ、細かいことは考えず。これからの作戦を考えませんとね)