翌日、埼玉県内旅館にて。置手紙を見た礼安らは、朝から透の家族たちの看病に勤しんでいた。院が確認の電話を入れた時には、学園長が応対していた。
「そちらに透が帰った、とのことですが……本当ですか、お父様」
『ああ勿論だとも、ワタシウソツカナイネ!』
「片言だと信憑性が十割下がりますわよ」
『百パーじゃん!?』
ある程度電話で安心できた後は、救護隊の支援に勤しむ。それの繰り返し。三人が交代しつつ、ヘルプを欠かさない。しかし、次第に疲労の色がにじみ出てきていた。
それは、何より『教会』本部がまいた種でもある、チーティングドライバーの不浄の力、それに汚染された体の治癒にいたる部分にある。
元来、チーティングドライバーは当人の強い憎しみや悲しみ、所謂『負の感情』に左右され当人に圧倒的に歪な力を与える。しかし、それはあくまで対象の肉体が戦闘者として出来上がっているか、成人であることが条件。幼い子供での変身成功例は未だ存在しないのだ。
元来、チーティングドライバーの成り立ちは、未だ謎に包まれている部分が多い。しかしその中でも、英雄学園内で様々力の理解のための研究がされている。因子が必要とされるデバイスドライバーよりも、変身者のハードルが低いものがチーティングドライバー。しかし、低いといってもそれはある程度要求されるスペックは高い。一般人でも変身できるだろうが、少なくとも戦いはおろか、運動にすら円の無い老体、そもそもの抵抗力が低い幼子には厳しいものがある。
最悪の場合、死亡。それが目に見えている中で、なぜ透の義弟妹達をそんな実験台にしたか。そんな理由は火を見るより明らかであり、『そんな存在ですら戦力として運用できるよう、物言わぬ兵器となれるようドライバーを改良する』実験を重ねていたのだ。
「子供が今までチーティングドライバーを使い、変身成功した、という実例は存在しません。かねてより、英雄学園卒業生や仮免許を持った英雄が戦ってきた相手と言うのは、全て歪んだ欲望に心を支配された大人たちばかりです。主に――肥大化した『復讐心』、と言うのが定例ですね」
「『復讐心』……?」
礼安は救護班の言葉をオウム返しする。しかし、実際礼安の中に誰かに『復讐』したい、と考える分野は無い。だからこそ、真の部分で分かり合えないのだ。ドラマやアニメ、ゲームの中で戦う者が抱く、誰かへの『復讐心』というものが。
だが、理解は出来なくとも止めたい気持ちは確かに存在する。純度百パーセントの良心により、おせっかいにも浄化していくのが礼安のスタンスなのだ。
ただ、やはり『理解』のプロセスを挟まないことによる、新たなるいざこざは起こるもの。それは礼安の中に暗い影を落とすのだ。
五日後昼の休憩時、子供たちの容体がある程度安定してきたため、救護班から三人にそれ以降の暇が出された。当初「一週間持つかどうか」と言う瀬戸際であった中、その子たちの生きる意志が強い影響か、あるいは透への思いか。徐々に復調していったのだ。
そのため、院は「少しでも疲れを取るために休みたい、それにいざという時動ける人間がいなければ」と、旅館に残った。外に出たのは礼安とエヴァ。情報収集と散策、および買い食いがメインであった。
あの看護から、ずっと浮かない顔の礼安。それを察したエヴァは、少しでも彼女が元気になるよう、優しい笑顔で振るまう。
「礼安さん、もし気になることがあるのでしたら……一旦その問題から離れてみるのはどうでしょう? 礼安さんがよかったら……私がその相手を務めさせてはもらえませんか?」
「エヴァちゃん――うん、ありがとう! 院ちゃんが来られないのはちょっと残念だけど、二人で遊ぼう!」
そうしてエヴァに笑いかけるも、やはりどこか礼安は無理をしているようであった。