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第五十六話

 旅館から離れ、電車に揺られる二人は目的の駅で降りる。その駅近くにあるのは、埼玉の中でもひときわ大きいショッピングモール。五階建てのモールであり、中には食料品、スイーツ店、服飾店などのオーソドックスなものを始めとして、巨大なゲームセンターや映画館などもある、一日で全店舗を制覇しきるには少々骨がいるほどの広大さを誇る。

 しかしこれだけまともなショッピングモールであっても、学園都市内のショッピングモールの大きさにはなぜか及ばない。なぜか。

 二人は手を繋ぎつつ、最初に訪れた店はカジュアルな若者向けのお財布にも優しい服飾屋。その店ひとつで上下、アクセサリー類が格安で全て揃う、実に優れた店である。

 エヴァは自分の新たな私服を見つけるべく突入するも、礼安は首を傾げたまま。

「礼安さん? どうされました? 新たな服との縁を探しに行きましょう!」

「いや、私服自分で買ったことないんだ! だから勝手が分からなくて……」

「いやでもその服、相当レアリティが高いというか……」

「??」

 理解していない様子の礼安。失礼して礼安の背部にあるタグを見ると、それはまあエヴァにとって衝撃の嵐であった。

 今着用している衣服、その全てが礼安の事情を知っている人間によるハイブランド贈答品ばかりであるのだ。その人物は信一郎と院の二人。

 しかし本人が酷く気にするため、高いものは着ない宣言。なぜなら万が一破いた際申し訳なくなるから。だがあらゆる服飾ブランド事情を知らない礼安をいいことに、礼安の服は全て超高級なんて言葉が陳腐に思えるほどの一点もの。お値段も常人なら目玉が飛び出るほどの値段ばかり。気付かずにハイブランド(かつオーダーメイド)ばかりを着こなす、ハイセンスな女子になっていたのだ。

(無意識でこんなお高い服ばかりを着こなすお嬢様なんですか礼安さん!? あッそうだこの人自覚ゼロですがお嬢様でした学園長の実子でした!!)

 どうも理解していない様子の礼安に、「その服全部著名なハイブランド・オーダーメイドものだよ」なんて言えるような、鋼の心臓かつ鋼の意志はエヴァにはない。どこぞのトレーナーからもらったとしても、要らないと唾棄されるような不遇の能力スキルが、今エヴァの背中を押す、勇気の着火剤として欲しくなっていた。礼安の性格上、嘘を吐かれるのも突き続けるのも嫌うため。それに親心、姉妹心を理解してしまったためである。

「――安心してください礼安さん、私がコーディネートします。何種類でもやってみせますとも!!」

「本当に!? やったぁ、今日が服のショッピングデビューだ!」

 その発言と振る舞いを見てしまったその店の店員さんが、「思春期の女子なのにマジかよ」と言いたげな目で驚愕していたため、礼安が無邪気に喜んでいる中エヴァは必死にジェスチャーで協力を願った。

(お願いします店員さん!! この無邪気純朴つよつよお嬢様のコーディネートを手伝ってくれませんか!?)

 新人店員はどうも困惑していたものの、そのエヴァの決心を無駄にできるほど、傍で腕を組むベテラン店員は外道ではなかった。貫禄のあるベテラン男性店員が前に出る。

(――分かりました、そこなお嬢様のコーデ選択、この道三十年の綾部が務めあげましょう)

 かくして、何十着もの試着を重ね、礼安に似合う服探しが始まったのだ。

 その店ひとつで激闘(?)すること数十分。上下コーデでしっくりくるものが二種類。アクセサリー数点を購入し、二人は店を後にした。礼安に隠れ、エヴァは男性店員と握手を交わした。数十分の激闘を互いに称え合う形であった。



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