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第五十七話

 丁度おやつ時、昼三時も近かったため、礼安たち二人はフードコート内でスイーツショップに立ち寄ることに。アイスクリームチェーン店の中でも、特に大手。何十種類ものフレーバーが楽しめて、老若男女問わず人気の店である。

 しかし最後の最後まで礼安はステーキ屋に行こうとしていた。

「お肉食べたいよー!!」

「駄目ですよ礼安さん! 監督不行き届きとして院さんに私が怒られてしまいます! 正直ご褒美な気もしますがそれは置いておいて! 高校生なのに駄々をこねないでください! あっすみませんごめんなさい周りからの目線が痛いですしお肉は後にしましょう旅館でもいっぱい食べられますし!!」

 悶着の内容が高校生ほどの年齢の人間が起こすものとは到底思えなかった。


 ぱちぱちと口内で弾け回る飴が入ったアイスを嬉しそうに食べるエヴァと、不服の意を現在進行形で感じられるほどむくれながら、カップに入ったシングルアイスを、スプーンでおとなしくちびちびと食べる礼安。

 先ほどの駄々こねがギャラリーを呼び、しかも数日前の案件を納めた当事者であることが発覚したため、どうも複雑な空気感となっていた。「こんな子供っぽい人だったんだ」という声や、「何でそんな有名人がここに」と言った声が秘かに耳に入って来ていた。

「エヴァちゃん、私たち有名人っぽいね」

「それはそうでしょう! 我々かなりの騒ぎになっていた案件を、大勢の衆目に晒された中解決したのですから!」

 しかし、礼安は何とも言えない表情であった。それは、有名であることに興味を抱いていない、そう思える態度であった。

「――礼安さん、なぜ有名であることを誇らないんです? 結構この英雄と言う立場自体、有名であることを誇る方が圧倒的多数ですが……」

 アイススプーンを鼻下で挟み込んで、天井を見つめる礼安。

「……私、英雄として有名であることに、あまり意味は無いと思うんだ。だって英雄はこまっている人を助ける存在じゃあない? 私は有名人になりたくて、お金稼ぎたくて英雄になりたいわけじゃあないんだもん。肩で風切って、力をひけらかしていばって歩く人になりたくないなぁ」

 自己犠牲、滅私奉公の極みに位置する存在、それこそが瀧本礼安と言う女である。そこに金や名誉など、介入する余地はないのだ。どれだけ自分を高めようと、それはまだ見ぬ『誰か』のため。こんな綺麗ごと、礼安でないとそうでないし、例え誰かが仮に語ったとしても「嘘だ」として鼻で笑われるものである。

 しかし、礼安はそのただの絵空事を、人によってはもっとも利の出ない自己犠牲を、自分の歩む道として提示したのだ。

「――失礼しました、貴女はそう言う方ですよね。何だか……安心しました」

「??」

 分かっていない様子の礼安に、悟ったエヴァ。常人とは何ステップも違った世界に存在する彼女に、常人の感覚など理解できないのだ。金銭目的や、名誉目的で動く常人とは永遠に相いれない、まるで人間を愛玩する上位存在かのよう。

 いつか、この礼安の崇高な考えも、第三者の手によって、これからの人生の内どこかでねじ曲がってしまうのではないか、そんな危機感すら孕んでしまうほどの絵空事でありながら。しかし、エヴァはそんな礼安の異常性に多少惹かれている節があるのだ。

 エヴァもまた、そう言った少々危うげな気があるためである。

「――なんか真剣な話しちゃった、ごめんね! 私あまり甘いものが得意じゃあなくて……甘さ控えめの奴頼んだんだ、甘いの苦手な私でも結構おいしかったし……エヴァちゃんも食べてみる? ほら!」

 先ほどの多少重たい空気を振り払うかのように差し出された、礼安のアイススプーンに乗せられた大納言あずき。それ即ち、恋人同士でない限り少し恥ずかしがる『間接的なキス』を意味している。

 そんな超次元なこと、今のエヴァには反動がきつすぎる。

(そそそそそんな多少真剣な話の後にまさかのらららら礼安さんからのかかかっかかかかあかっか間接Kiss!? Oh My God、そんなUltimateご褒美を!? 鼻血出るでアカンて!! 今まで生きられて有難う! こんなご褒美を用意してくださるなんて神は最強かマジで!! 不肖エヴァ・クリストフ、こんな幸せ続くなら一生ついていきますぜ神様ァ!!)

 時々流暢な母国語が出つつ、もはやどこの国籍の人か分からなくなるほど、心の中で独白(という名の限界オタクの叫び)を繰り広げながら、何とか口にするエヴァ。その表情は脂汗を多量に掻き、目玉もひん剥いた元の美貌が帳消しになるほどの残念フェイス。

 急な無自覚間接キスは、限界オタクをダメにする。これは礼安らを除いた、唐突な百合現場に遭遇してしまい、エヴァ同様鼻血が出てしまう一般市民全員が抱いた教訓である。


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