その後、エヴァと礼安はサインや握手などを複数人から求められ、もみくちゃになりながらもショッピングモールを後にした。緊急サイン・握手会を行っていた影響で、気づけばもう夕方六時にまでなっていたのだ。
あまりにサービス熱心な礼安たちの影響で、そのアイスショップや服飾屋の売り上げが鰻上りだったらしく、店主や店員に偉く感謝されたのだった。連絡先すら渡されるほど感謝されたのは初めてのことであった。
すっかり夜の帳が降り始める中、二人は帰りの電車に揺られる。
そんな中、礼安は口を開いた。その内容は、旅館を出る前に胸中にあったもやもやそのもの、つまるところチーティングドライバーが煽り立てる『復讐心』についてだった。
「――エヴァちゃん、『復讐』って何も生まないはずなのに……何で人は『復讐』したがるんだろう」
その実に無邪気な問いに、エヴァは黙ってしまった。
その理由は、答えられるほどに人生経験がないから、と言うのもあるが、礼安に語ってそれが十割伝わるとは思えなかったためである。通常の人間よりもより
「……なぜ、急にそんな問いを?」
「いやね、あの救護班の人が……チーティングドライバーを持つ人は『復讐心』に支配されている、って言うんだ。もし理解できるなら……私はその人たちもしっかり救いたい。ただ倒して終わり、なんて乱暴なことしたくないんだ」
あの時も。礼安がフォルニカを下した際、必殺技で攻撃したのは彼の核たる『罪の意識』。当人の怪我より、自分が負った怪我の方が圧倒的に多かった中、結果的に礼安はフォルニカを倒したのだ。
その以前に、フォルニカがもつ悪意の裏に隠された真意を暴くために、礼安の第六感を使用したが、それ以外に礼安はこれと言ったアクションを行っていない。
「――私が思うに、誰かよりも上の立場になりたい、そう言った欲こそ、誰かを憎む、誰かを妬むどろどろとした負の感情が生まれる要因だと思います。人間、礼安さんのように出来た人ばかりではないので……結果的に『復讐』を
そのエヴァの答えに何か異を唱えるでもなく、電車の窓から見える夜景をぼう、と眺める礼安。
この問いに、正解は無い。復讐がなにも生まないという綺麗ごと自体それは正解だろうし、その後の達成感を求めるが故に復讐する、それもまた正解である。
結局のところ、人間が生存し続ける限り、復讐の概念はどこにでも存在する、ありふれた人間の感情のひとつであるし、永遠に拭い去ることのできない、人の心に常に存在し続けるがん細胞そのものなのである。
「――一番近しい正の感情は……恐らく『憧れ』。それからより深い依存度まで行くと『憧憬』。これ以上話すと私でもよく分からなくなる、深く難しい話にはなりますが……表裏一体なんです、正の感情と負の感情というものは。どちらにでもなる可能性はいくらでもある、実に難儀な物なんです」
「『憧れ』、かぁ――」
「なにかになりたい、なにかを成したい。それは礼安さんの中にも確かに渦巻いている、どんな人にでもある健全な感情です。礼安さんは英雄になりたい、私はそんな礼安さんたちのような英雄を支えたい、結局はそんなものなんです」
感情が向く方向がプラスかマイナスか。礼安はプラス方面へ振りきれた、ある種イカレている存在。透は礼安に諭されるまで、マイナス方面へ傾きつつあった。そしてフォルニカはマイナスに振りきれた、その確たる例。凄絶ないじめによって精神がすり減った結果、大量殺人、その後『教会』に仇名す存在の
「――なんか、少しだけ分かった気がするよ、エヴァちゃん」
「……それなら、何よりです礼安さん」
その二人の哲学に似た問答は、目的地に到着したことで終了する。難しいことは深く理解することすらできないものの、ほんの少しだけ断片に触れられたような気がする礼安であった。