カリキュラム終了後、まず学園長が行ったことは、三人の治療であった。
事前に現状についてはエヴァから知らされていたため、何より三人の回復が優先事項であった。特に透。
彼女は特に成長したため、今回の戦いにおいて大層輝けるだろう。しかし、未だに埼玉で起きている現状を彼女らに話せていないうえに、剣崎と橘の二人に関しては戦地へ送り出すことに迷いが生じていた。
(……馬鹿正直に現状を伝えたら、天音ちゃんは絶対に無理してでも向かうだろう。それだけは避けたい。それと――この剣崎ちゃんと橘ちゃんの二人。確かに成長はしたが……現状のままだと厳しいな)
学園に待機している救護班に交じって、それぞれに「なる早で」とだけ言い残して、足早に保健室を去る信一郎。
(今の時間ってあの子起きてるかな……?? まあ起きてなくともスタ爆でも何でもして起こすか)
何とも現代においてパワハラと表現できるような危険思考を持ちつつ、先日かなり世話になったある人物に電話をかける。通常時よりも圧倒的にコール数がかかっていたものの、渋々電話に出るは……
『……はい、丙良です』
「あっごめーん丙良くん?? 学園通貨緊急時手当さ……学園長権限でマシマシにするからさぁ……ちょーっと今から埼玉向かっ――――」
『嫌です!!』
まさかの即答に、信一郎はすぐさまビデオ通話に切り替え必死そうな表情を見せる。少しでも誠意を見せるためだろうか。何をするか容易に想像がついてしまう。
大の大人がみっともない土下座をかましながら、丙良に懇願していたのだ。
「お願いこの通り!! 先日はちょーっと情報の行き違いがあって、我が愛娘二人のお世話を事前情報なしに頼んだことは謝るからさ!」
『また聞いたので新鮮な反応はなしですが、相変わらずろくでもない報連相の出来なさですね!! 今回もそれがらみでしょうに!! 僕あの入学式であの二人がご息女だって初めて知ったんですけど!? 知ったらあんなリスキーな修行させませんでしたよ!!』
学園長が情けなく土下座しても、画面の向こう側の人物は苦労人ゆえの怒号の嵐。ご機嫌取りともいえる学内『山吹色のお菓子』すら通じず。これは権力者だけにいえた話ではないが、嘘はつくものではない。
もし、万が一あそこで帰らぬ人になったら間違いなく丙良の責任になってしまう。まあ知っても知らなくても同じものだが、なんとも無神経、なんとも無責任である。言いようによっては「信頼の証」など、耳障りの良い言葉に言い換えることはできるだろうが。
「だってェ、エヴァちゃんの計画によると最後の一ピース君らしいんだよ!! それだけ戦力として認められている証ってことでいいじゃあ、ないか~!?」
『駄目です絶対ダメダメ!!』
年齢を感じるやり取りを経て、丙良は取り付く島もない様子であったことが分かってしまったため、信一郎は分かりやすく肩を落とす。
「じゃあどうすればいいんだよォ……他に頼りになりそうな人は確かにいるけどさあ……」
『――僕も信頼している『信長』は、戦力としてどうなんです??』
豪放磊落、破天荒な立ち居振る舞いから、『信長』とあだ名されている英雄科二年次の生徒。丙良同様に『
「――なんかヤダァ、絶対さらなる面倒ごとになるもーん……」
『英雄学園指導者の頂点がその態度はどうなんですかね!?』
盛大なツッコミをもらった信一郎は、「ごめんねえ時間もらっちゃって」とだけ言い残して電話を切った。
しかし、代わりの人間が用意できないと、エヴァの攻城は叶わないだろう。そして埼玉県内で『教会』がより勢力を増していくだろう。そう考えたらどうにかせざるを得なかった。
(だとしても……この一件に生徒会腕利きの二人は……オーバースペックが過ぎるし……武器科の子連れても限界があるし――他に有力な生徒は確かにいるだろうけど……絶対夜遅くからの計画に賛同してくれる子はいないだろうなあ)
そう考えた末、信一郎は頼りになる人物の中で、最後の一人を思い浮かべた。
「……よくよく考えたら、いろいろ大丈夫かな……??」
小難しいことをうんうんうなりながら思考し、結局何もかもどうでもよくなった結果。
「――――ま、いっか!!」
嫌なことを全て忘れきったような快活な笑顔を浮かべ、すっくと立ちあがって学園長室に戻る信一郎。三人の全快はおよそ二時間後との目算なため、そこまで一時間ほど仮眠をとることにしたのだった。