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第六十六話

 時間は戻り、今に至る。

 どれだけ寝込みを襲おうと、まず信一郎は寝ていない。だからこそ普通ならチャンスタイムと言える夜の時間帯ですら、疲労を回復させるためにも眠るしかない。

 それに、信一郎が風呂に入っているタイミングなど三人は狙いたくない。最初に「覗くな」と言っただけに、こちらがそれを反故にしてしまうのは、どうも透自身の良心が許せなかった。

 そのため、今日にいたるまでの間で、互いにルールを作り出した。それは、『休息の時間帯透たち三人は一切の攻撃行動を行わない』こと。自主トレーニングは良いとして、攻撃を仕掛けに行く行動を自分たちの意思でやめにしている。

 それゆえに、難易度が跳ね上がったのだ。

 常に変身を保つわけにもいかず、ぶっ通しで変身していられる一日当たり二時間、回復すればそれが一日数回ある中で、何とか有効打を叩きこもうと画策。しかし、結局今まで一発たりとも入れられていない。

 透は、これは成功するのか、と内心弱気になっていた。弱音を吐く二人を元気づけようと鼓舞していた一方で、眼前の脅威がたまらなく巨大な壁のように思えて、仕方なかったのだ。

 結果、今に至る――という訳である。

「――流石に、ここまでかな。五日間で頑張った結果だけど……結局こうなったわけだ。まあ……正直予想はしていたさ」

 一回当たりの変身時間の限界を超えてもなお、立ち向かう彼女たちの頑張り。それを考えても残り数時間で回復しきるとは思えなかった。

 顔色を見る限り、血の気はぐっと引いて、もはや生命の危機に瀕する一歩手前。通常ならドクターストップがかかってもおかしくはない。

 しかし、それでも尚透はフラフラな状態で信一郎に立ち向かう。

「――止めておきな。確かに一発入れられることは叶わなかったが……この地球の十倍の重力環境下で修行した結果、君たちはしっかり成長している。それは確かだ」

 いくら非情になったとしても、あくまで教育者。透の疲弊しきった体を考えるに、立つことは出来ても攻撃することは不可能である。

「それでも――それでも……!!」

 ドライバーの両側を力任せにプッシュし、全身にありったけの魔力を帯びさせる。

『超必殺承認!!』

「――なるほど、君の……天音透が自身のうちに眠る英雄へ示した覚悟は……それほどのものなんだね。実に――――『妹弟バカ』の君らしいよ」

 ここで、ノーガードでありったけの力を『有効打』とすることもほんの少しだけ考えた。しかし、ここで加減したらこれまでの数日がふいになる。それだけは、信一郎の心が許せなかったのだ。

「――来な、天音透。君のありったけ、私が『原初の英雄』として……全力マジで防ぐ」

 言語化できないほどに雄叫びを上げながら、その場を跳躍。瞬時に九人に分身し、飛び蹴りの体勢を整える。

「ああぁあああああああああぁああッ!!」

身外身たちが紡ぐ、勝利への導線シンガイシン・シャイニーヴィクトリー!!』

 九回の全力が、一点に集約。九回分の衝撃が順々にやってくるのではなく、その九回分の衝撃を刹那の違いなく……一回かつ一点に集約しているのだ。つまるところ、通常の九倍の威力。ここが特殊空間でないならば、それこそあのトラックが戦いの場であるならば。威力の余波によって、余裕で地盤すら砕く超絶威力を放っていることだろう。

 その影響か、信一郎のガードを、ほんの少しではあるが圧していたのだ。

(マジかよ、大人げない程度に守り固めてんだけど!?)

 彼女は、本気であった。全てを注ぎ、この無理ゲーとも言える状況をひっくり返そうとしていたのだ。期日が迫る中、自分の兄弟を守るために助力した礼安たちのためになりたい。少しでも、足手まといのような存在ではなく隣で戦いたい。『軟弱者』であることを嫌った透の、覚悟をもった意地の通し方であった。

 そして、魔力を帯びた暴風が、信一郎のガードを無理やりこじ開け、胸部に叩き込まれる全身全霊の一撃。それは、余波でその重力空間にいる気絶していた剣崎と橘を起こすほど。

(――これは、間違いなくあの時よりも強くなった。魔力量、威力、そして天音ちゃんの圧。最初は実に頼りないものだったが……強い『願い』は人を強くするなあ)

 教職者としての歓びに浸りながら、吹き飛ばされ壁に激しく叩きつけられる信一郎。吹き飛ばしたと同時に、その場で力なく倒れ疲労により息絶え絶えな状態の透。

 そしてその場で明確に宣言した。飛びかけた意識すら呼び起こすほど、三人が待ち望んだ言葉が。

「――あァ、いい一撃だった。実にいい一撃だったよ、天音ちゃん。このタイミングをもって学園長ーズブートキャンプ短期集中コース……見事合格だよ」



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