所変わって、英雄学園特訓施設の一部。そこには、透をはじめとした三人がドライバーで変身しつつ、疲労困憊状態で倒れ伏している状態にあった。犯人は、無論稽古をつけていた本人である信一郎である。
「えー、こんくらいでへばっちゃう?? リクエストのあった学園長ーズブートキャンプ短期集中コース、このままじゃあ期間内に終われないよ??」
実に飄々とした態度であった上に、いつも通りのかっちり漆黒のスーツ姿に最高級の革靴。それで激しい運動などやったら最後、どれだけ動きなれていようと靴擦れや過度の疲労等に悩まされるはず。それに、世間一般的にオヤジとも言える年齢層のはず。体力や筋力の老化や加齢臭等に悩まされる年齢であるだろう。
それなのに汗一つかくことなく、さらに息一つ乱すことなくへらへらと笑っていたのだ。
「原初の英雄って……すげえなマジで……アンタ五十だろ……?」
「そーだよ、迫りくる加齢臭の悩みが常なフィフティーオールドよまったく……あと禿げたくないし!!」
そう憂う信一郎を腫れものでも見るような目で見つめる三人。しかし目的は別にあった。
「やーね?? 実際問題いろいろ育毛剤とか探し始めてんのよ、それに消臭剤とか! 我が愛しの娘ちゃん二人に『臭い!』なんて言われたら本当に大号泣しそうで……」
そう顔を覆う仕草をした瞬間、剣崎と橘はお互いに視線を合わせその場から跳躍、信一郎の顔面に回し蹴りを叩きこむ。
しかし、その蹴りは易々と受け止められ、それぞれが散らばるように投げ飛ばされ、壁に容赦なく叩きつけられる。その止めともいえる一撃で、二人は疲れも相まって変身解除、気絶してしまう。
「――いやあ、意識の逸らし方はちょっと上手くなったね。戦闘は単純な力比べ、ってだけじゃあない。知識比べ、あるいは性格の悪さ診断チェックでもあるんだから……でも正直起点はバレバレだったね。殺気駄々洩れだったし。頭は使いようだよ、話術で場を制するのも重要なんだよ」
態度はへらへらとしていたが、目元が一切笑っていない。まるで精神を完全に掌握されているような、肝の冷える感覚があった。
彼女たちの特訓内容は、信一郎に対して『明確な一撃』を叩きこむことであった。
五日前のこと、あの高速道路の一件からほんの一時間ほど後のこと。最初、その条件を聞いた三人は、呆気にとられてしまった。
「え? 『そんなん簡単じゃーん』とか思っちゃった??」
信一郎はおどけた様子で三人に笑いかける。しかし、三人は学園長の圧倒的な強さを目の当たりにしているために、そんな慢心などなかった。故に、三人はとても不服そうな表情をしていたのだ。
「……いや、ウチらまだ基礎すらわきまえてないんスよ? だからあの高速道路でもやられたわけだし……」
「俺は……いや俺でも無理だ。何ならあの礼安でも無理だろ」
戦々恐々としていた三人に対し、実につまらなさそうに口をとがらせる信一郎。
「なんだよォ、少しくらいありがちなやり取りやってくれても良くないかい?? そこで中国の古き良きアクション映画よろしく『まだまだ甘いな坊主』だとか『考えるな、感じろ』だとか、そんな玄人みたいなやり取り憧れるじゃん!?」
「いや俺アクションはアクションでも洋画派なんだわ」
その透の一言にひどく肩を落としながらも、三人がこれから特訓日程の間を過ごす場所へと辿り着く。
そこは学園内の特訓施設の中でも、あまりにもハードすぎて『そこを扱うのは学園長だけ』と言われているほどに負荷が重すぎる、超重力空間。そのフルパワーカスタム環境下において、信一郎と修行する、という流れである。
透が望んだように、五日間ここで缶詰となる。
学園長も同じように生活を営むも、透たちは初体験の領域。礼安たちですら経験のない最悪の環境下での生活は、否が応でも成長はするものである。
「――ってちょっと待て。俺らはまだしも……学園長、アンタもここで過ごすのかよ」
「そうだよ? 深夜とか寝静まった時間帯でもいい一発叩き込めたら、その時点で修行終了だし。何か問題ある??」
三人はいくら地球上における最悪の環境下であるその場所でも、異性としての防衛本能が働いたのか、信一郎に対して冷ややかな目を向ける。
「どのタイミングでもチャンスがあるのは理解したが――風呂覗いたりしたらマジで殺すぞ、学園長と言えど」
「覗かないよ!!」
最初は何とも和気藹々とした雰囲気で、その修行空間に入ったのだが――それがいけなかった。
信一郎は何気なしにその空間をフルパワーで起動すると、一瞬にして透たちは地に伏した。肺を徹底的に潰し、骨が砕けるくらいの圧が、急激に自分たちを圧し潰したのだ。
「「「――、――――!?」」」
そう、三人共通で彼を、学園長の地力を嘗めてはいなかった。信じられないほどの実力者として、圧倒的上位存在として知覚していた。
だからこそ、この空間を侮っていたのだ。いくら英雄養成施設であるとはいえ、限度と言うものがあるだろうと。大概段階があって、それで慣らしながら修行するのだろうと。
さながら、レベル一の勇者たった一人を、ラスボスのダンジョンに放り込むような、サディズム極まったような思考。
「ああ、やっぱりこうか。やっぱり私基準で施設作るとこうなるのか。やりすぎって駄目だねやっぱり」
おどけている学園長を何とかにらみつけるも、それ以外のことが一切できない三人。しょうがなく重力のレベルを地球の十倍程度に緩めると、三人は何とか立ち上がる。
「馬鹿、野郎…………!! 急に、重力をぶち上げるかよ…………!!」
「アタシたち……呼吸できなくてマジで死にかけたんスけど……!?」
先ほど設定した重力を名残惜しそうに見つめる学園長と、対照的に息絶え絶えな三人。
しかし学園長は、三人の方に常軌を逸するほどの冷徹な殺気で包み込む。
「じゃあ君たちは――敵に不意打ちを食らうことに対して、一般人目線で『お気持ち表明』をするのかい??」
「「「……!!」」」
まず、これが敵陣地だとしたら。どこからか飛んできた攻撃によって深く傷を負うことは実に当たり前。いつだってその可能性を孕んでいる中で、急にその攻撃に対してケチをつけることは愚の骨頂。
さらに、自分たちが「短期間で修行をつけてくれ」と頭を下げた中で、時間がない中での修行と言うものは決まって超スパルタ。そうじゃあなかったら、一日寝るだけで最強になっているアイテムを作る以外にない。しかしそんな便利グッズなどこの世に存在しない。
「違うだろう、君たちは未来明るき英雄の卵、
弛んでいたのは、自分たちだった。そう自覚したら、やることは一つ。透たちは頬を自身の両手で何度か叩き、気合を入れなおす。
「――悪かった、でも……気は引き締めた」
信一郎は、我が子の成長を見守る親のような慈しみの目を向け、不敵に笑んだ。
「……じゃ、学園長ーズブートキャンプと洒落こもうか??」