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第六十四話

「――以上が、革新派の一人である私が話せる全てです」

 手当てを受けた二人は、その埼玉支部のこれまでの動向を聞き、礼安はこの埼玉全土を救うべく決心、しかし院はほんの少し迷いが生じていた。

 いまだ、疲労の残る礼安であったが、ふらつきながらも立ち上がる。

「礼安、無理は禁物でしてよ」

「でも……戦わなきゃ。自分たちの利のために、犠牲になっていい人なんて一人もいない。身勝手な理由で殺されたスラムの人に……申し訳が立たないよ」

 しかし、院はどうも思い悩んでいた。

「――でも、もしここで埼玉支部が我々の手によって崩壊したら……あの商店街で和気藹々わきあいあいとしていた、高年齢層の方々はどうなるのでしょう」

 その一言で、礼安の足は止まってしまった。

 そう、簡単に事が終わらない理由は、埼玉支部を何も考えず崩壊させたら、商店街への融資が打ち切られる、とのこと。現存する商店街の中でも、あのシャッター一つ降りていない盛り上がり方をしている場所はそうそうない。そしてもし融資がなくなったら、それによって失業する者も自ずと生まれてしまう。

 いまさら、埼玉の外に出て、新天地で開業するのも厳しいものである。資金面もそうだが、体力面でも問題が生じる。

「――これは、思ったよりも闇が深いんですわ。どちらかを排他すれば、決定的に割を食ってしまう存在がいるのは明確。礼安が言った『自分たちの利のために犠牲になる人』が、確実に生まれてしまうんですのよ」

 しかし、そう語る院も、犠牲となったスラムの人間を見捨てたくはなかった。だからこそ、どうしようも動けなかったのだ。体が言うことを聞かず、心の中に靄ばかりが増えていく。

「――――確かに、どちらかが犠牲になることは確実です。でも……あの商店街の人間たちはその犠牲を見て見ぬふりしているんです。あくまで実行犯は別、スラム街やそこの人々は危険思想を持った悪だと固定観念を持つ者すらいます。現状を変えたかった……ただ一人の埼玉県民なだけなのに」

 これからの行動を決めかねている中、礼安が口を開いた。

「――あくまで、私たちは外側の人なわけじゃあない? なら……埼玉支部を崩壊させた後のことは……商店街の人たちや多くの人たちと話し合って、未来を決めてもらう、ってのはどうかなぁ。私たちが全てを決めちゃいけないと思うんだ、決断を委ねた方が……きっと」

 ある種、当事者たちへ問題を作り出し、考えあう。悪い言い方をするならば、丸投げするような結論。しかし、部外者である礼安たちに埼玉はおろか、商店街や多くの人たちの将来を決める権利はない。

 だからこそ、決断を委ねる。それこそが最適解であると、礼安は拙いながらも行き着いたのだ。

「……導線は示して、あとの決断は委ねる……最優ではないにしても、お互いが納得できる良い結末を自分たちで道を作っていく。落としどころとしては……良い方でしょう」

 英雄の卵が出来ることは数少ない。だからこそできることを精いっぱいやりきる。それこそが礼安たちの結論であった。

 院は礼安たちと語らう中、エヴァの言伝の通り資料に目を通していた中、その『もう一つの策』に目が行く。そこにも、『まずは救出優先、それ以降起こりうる事象は当人間で解決するのが良策かも』と記されていた。

「――我々よりも一年先輩なだけあって、辿り着いた現状の最適解に辿り着いているとは……本当、底知れない人でしてよ」

 しかし、その続きに記されていたことは、『翌日の計画が何らかの理由によりふいになった際、五日後五人で埼玉支部を攻め落とし救出する』との内容。二人は急激に疑問符ばかりが脳内にて増えだしていた。

 礼安、院、透、そして二人は知らないだろうがエヴァ。あと一人、その存在がどうも理解できなかった。

「――エヴァちゃん、剣崎ちゃんと橘ちゃん含めて無くない??」

「いや、この資料はあの二人が作戦に参加するという、イレギュラーを考えていないタイミングで作られたはずですわ。正直……これに関してはよく分かりません」

 新たな謎が生まれた、夜九時。作戦決行日時まで、あときっかり三時間である。


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