エヴァが変身し尋問していることなどつゆ知らず、エヴァの渡した連絡先のもとへ向かう礼安たち。しかし変身を続け、礼安を抱えながら長距離移動を重ねた院は、埼玉郊外へと辿り着く。そこには、礼安にとって見覚えのある名前が書かれていたのだ。
「こ、ここって――」
疲労困憊状態にあった礼安は、力なく首を上げると、そこにあったのは礼安に最高の服を見繕ってくれた、ベテラン店員綾部の家であった。
何か物音がした、そう感じ取った院は目を丸くする。礼安にとって世話になった綾部は、玄関から外に出ると、そこには接客したあの少女の姿を確認。居ても立ってもいられなかった綾部一家は、二人を家にかくまったのだ。
多少体力が余っていた院が、ことの事情を綾部一家に全て話した。たとえ東京に英雄学園があったとしても、家の前でへばっていた英雄の卵のことは、そう簡単に現実のこととしては受け入れがたいだろう、と考えた結果である。
礼安の接客を行った家の主、
「――何か、この埼玉に渦巻く陰謀など……都市伝説のような範囲で構いませんので、お教え願えませんか。我々は……正直門外漢なもので」
それぞれが顔を見合わせながらも、章大は家族を代表して礼安たちと向き合った。
「――この話については、正直根深いもの……あの数年前に突如として現れた『教会』の連中が起こしたことが……この今の埼玉に渦巻く闇の全てです」
事の始まりは、数年前。礼安が母親を喪う少し前の頃まで遡る。
原初の英雄たる存在がいまだ現役で存在したころ、突如として新興宗教『教会』がこの埼玉の地に数多く存在する支部の一つを置いた。
最初、埼玉の人たちは『教会』を怖がっていた。宗教がらみの事件が世界各地であった中、その宗教と一切の関係性がない新興宗教であったが、皆恐怖心を抱いていたのだ。また妙な事件が起きてしまうのではないか、混乱が巻き起こるのではないか、危機感を抱いていたのだ。
しかし、埼玉支部が拓いた事業と言うものは、手広いものであった。一からのスタートで皆の心を掌握する、と言うよりは実に柔和な姿勢のままであった。
次第にあらゆる事業が伸び始めてきた中、ある日を境に金融業一筋路線へと舵を切った。最初は信用金庫の形として、次第に事業が成長していった結果現在の銀行の形へ。世間の英雄への熱が上昇していく中で、都市部に流出していく若年層を除いた社会人の層へターゲットを切り替えたのだ。
シャッター街が目立っていた商店街が、次第に盛り上がりを見せ、空き家やスラムが目立つ中県と連携した区画整理によって、より住みよい街へ進化していったのだ。
しかし、その区画整理から問題が生じ始めたのだ。立ち退き、もしくは整理に応じなかった人間のことを、裏家業の人間を雇って失業、破産まで追い込んでいったのだ。しかも、この騒動に関してはトカゲのしっぽ切りのように裏の人間を切り捨て「我関せず」を貫いたのだ。少しでも現行体制に突っかかる者は、容赦なく社会的な死を与えたのだ。
それによりスラムエリアが出来上がった。失業者や家を失った人々が、いずれ埼玉支部に一杯食わせるべく、虎視眈々とその日を待ちわびた。しかしすでに埼玉支部は埼玉県内で莫大な権力を有しており、生半可な情報戦は易々とひねりつぶされる。次第にスラムの人間には鬱憤が溜まっていったのだ。
明確に甘い汁を吸える、もしくは保証が手厚い層である、埼玉に残った高年齢層は埼玉支部を全面支持、次第に危険思想を持つスラムエリアの完全排除思想を持つようになり、埼玉支部の肩を持つようになった。
多数の賛同が得られた埼玉支部は『
より住みよい街となった埼玉へと成長させた埼玉支部は、埼玉県内の社会人層からカルトじみた人気を得ることとなった。融資や投資なども手広く行った結果、今や埼玉の事業の九割が埼玉支部の手中にある、と言っても過言ではないのだ。
しかし、例外な場所が現在の埼玉に一つだけ存在する。それが、礼安とエヴァの向かいショッピングを大いに楽しんだ、巨大なショッピングモールであった。
最初から、目の上のたんこぶのような厄介さを秘めていた複合施設なため、埼玉支部が行ったことはそのモールの買収、私有化であった。しかし、このことが表沙汰になれば地道に積み上げてきた信用を失う。そのリスクを考えた結果、第三者を利用してショッピングモールの信頼度を地に落とし、施設として株を落とすしかないと考え、多くの行動を起こした。
しかし、その埼玉支部が指揮する妨害は幾度もふいになる。
そのショッピングモールが出来た経緯は、綾部らを含む埼玉支部に疑念が湧いた社会人層、東京に進出しあらゆるノウハウを吸収し、成長して帰ってきた若年層が築き上げたもの。金だけでは応じない、強固な意志を持った人間の集まりであったために、埼玉支部は次第に苛立ちを覚えるようになっていった。
そして現在。何度も嫌がらせされようとも、皆で肩を組みあいながら複合施設として成長を続ける、革新派兼穏健派であるショッピングモールサイドと、高年齢層を多く抱えた保守派兼強硬派ともいえる埼玉支部の二大勢力となっている。
金か、愛か。それが現在の埼玉に渦巻く全てであった。