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第六十二話

 ライセンスを取り外し、変身を解除するエヴァ。そして息絶え絶えの鷺沼を見下す。

『――ご、ごめんなさいィィッ――しに、たくないぃぃぃ』

 いまだ怪人体を保つ鷺沼でありながら再生能力は一切働いていない。血液を体内で反乱させたからこそ、肉体の主たる血が流出していくか体内で反乱を起こすかの二択であったのだ。

「……アンタにはいろいろ聞きたいことがある。主に……そのチーティングドライバーに装填されている、ライセンスについて。もし洗いざらい話すんなら……血液の反乱を止めてあげてもいい」

 エヴァは、すでにグラトニーの力の正体、そしてそれにまつわる英雄の影を感じ取っていたのだ。その影を実体化させるべく、己の確証を得るべく。圧倒的にエヴァ有利の話し合いの場を得たのだ。

 死ぬ危険性のある鷺沼は、藁にも縋る思いで首を縦に振る。

「元来……聖遺物から生まれたヒーローライセンスは、自身の内に秘められた英雄の因子をもとにどのような力の性質を持つか、そしてどのように自分自身がありたいかをもって具現化する。でも……」

 チーティングドライバーに触れ、悲しげな表情を浮かべるエヴァ。

「ここには……『息吹』が宿っていない、『信念』が宿っていない。形だけのライセンス、って感じしかない。確かに力は行使できるけど、それは未熟なものなんだ」

 形容するならば、グラトニーと初戦を繰り広げた透。それほどに力が未発達状態であったのだ。形は確かにそこに存在するが、まるで亡霊のようなもの。

「――第一の結論、それは禁止された『因子の違法摘出手術』によって抽出され分け与えられた力、ってこと。それについて――――どう? 合ってる??」

 一瞬、躊躇うように顔を背けていた鷺沼であったが、静かに首を縦に振った。「ビンゴ」とだけ口にすると、もう一つの推論について語りだした。

「――これもあくまで、現時点では推論どまりだけど……その力の大本はあのグラトニーってアンタのところのボスが担ってるでしょ。何せ……力の息吹を感じ取れないのはそれぞれの幹部連中にも言えた話なんだ。因子がない存在がチーティングドライバーを用いて変身したところでたかが知れてる、歪な存在になるだけだから」

 エヴァはあの旅館で見たグラトニーの怪人体に違和感を抱いて、自分の中で理解しがたかったのだ。神奈川支部の面子のような、各種形状が歪なのがチーティングドライバーの特徴であるはずなのに、その特徴を半ば無視しているようなその怪人体が、疑問でしかなかったのだ。

「――グラトニーは、あのスラムの一件の主犯格。そしてそこで殺した人間の中に、今自分の中に移植した因子元がいる。そうでしょう」

 怒りの感情で渦巻いたエヴァの瞳。自分の命が何より大切な鷺沼は、自身のリーダーを裏切るように首を激しく縦に振った。

「そして……その因子は十中八九『武蔵坊弁慶』。アンタたち埼玉支部の権力をある程度持った幹部連中は、かつて弁慶が勝利し刀を狩った武士の一部、その力を譲渡された……これが、埼玉支部の力の謎で――間違いないね」

 あと少しで解放される、その一心でエヴァの推理を完全に肯定した鷺沼。

 まだあの『ホロコースト事件』にまつわる多少の謎は残るものの、彼女の中ですべてが一致した。納得感を胸に、エヴァはその場を後にする。

『ま、まって……!?』

 絶望に満ちた瞳でエヴァに力なく手を伸ばす鷺沼。しかし、エヴァはそんな鷺沼の手を力強く踏みにじった。

「あくまで『延命を考える』とは言ったけど……私がそのあと襲われるかもしれないリスクを考えたら、この場で回復させるのは愚の骨頂でしょ。ただでさえ私は好きな人を軽んじられた、それほどのことを自分はしてしまった、ってことくらい理解した方がいいよ。アンタだって、馬鹿じゃあないでしょう??」

 その冷徹な瞳は、死の淵に立たされた鷺沼にとって、立たされていた足場が崩れ去り、重力のままに自由落下していくほどの喪失感であった。

『や、やだぁ――しにたくないよォ』

 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、生にしがみ付こうとする。そんな間にも失血死の可能性が迫りくる。

 そんな心からの感情をむき出しにしていた鷺沼のチーティングドライバーを、デュアルムラマサ一薙ぎによって破壊、人間体へと戻すエヴァ。

 それと同時に血液が意思を持つように蠢きだし、鷺沼の肉体へ還っていく。斬撃による深い傷跡はそのままであったが、事実上エヴァは鷺沼の命を救ったのだ。

 力を失った鷺沼は、歯向かえないほどに戦力を削ぎながらも命を間一髪で救ったエヴァを涙ながらに感謝の意を口にした。

「ああ……あぁありがどう――――」

 そのまま、鷺沼は意識を失った。エヴァは、そのまま背を向け歩き出す。礼安たちのもとへ帰るために。

「――ただ、私の与り知るところで死なれたら寝覚めが悪い、それだけです。少しくらい位は……『もしも』の恐ろしさ、理解できたでしょうね」

 これにより、突発的にショッピングモール前で繰り広げられた鷺沼とエヴァの戦いは、鷺沼が焚き付けた怒りの業火によって当人が火傷し、二度と治らない心の傷を作り上げたエヴァの完全勝利で幕を閉じたのであった。



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