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第六十一話

 エヴァの装甲は、礼安と雷の性質こそ一致させているため、基本デザインを礼安のものから多少流用している。細部に関しては礼安の装甲と同様。しかし元となった英雄が違うためしっかりとした相違点がある。

 まず、『村正』がライセンス元なため和装に近い。系統としては忍者に近いだろうか、各種装甲がデバイスドライバーで変身するあの三人よりも薄く軽い。そのため、防御性能よりも圧倒的に手数で攻めることを考え抜いたデザインとなっている。

 帷子に似た軽鎧、そして脚絆。そこに色鮮やかな短い着物を、腰からだらりと垂らしたような少々ルーズな装飾。普段のつなぎ姿を彷彿とさせる。

 そして面部分も、自身の英雄モチーフに複眼チックな目元を合わせている礼安たちと異なり、バイザーと忍び頭巾を思わせるフェイスベールのような口元の装甲。

 総じて、今までの英雄の装甲とは一線を画すものであった。

「この装甲は、特撮作品における『その場しのぎフォーム』、って要素のが強いかな……正直。あまり実践シミュレーションもできてないし」

 一対の剣をふらふらと遊ばせながら、鷺沼の周囲を歩くエヴァ。逆手から順手、順手から逆手だったり。そう思えば、くるりくるりと手持ち無沙汰に回してみたり。

 鷺沼は、何より見図っていた。今までの情報データベースにない相手と戦う、なんてことはなかったためである。

 邪魔者を消し去る仕事人スイーパーとして、あらゆる不測の事態すら起きないほどに準備を整え、当たり前以上に消す。それが常であるために、不測の事態を怖がっているのだ。

「――どーしたの、私を倒して礼安さんたち叩かなくてもいいの?? 時間ってのは有限なんだよ、仕事人さん」

『分かって――いるさ!!』

 携えた刀を背から瞬時に抜き、遊ばせている一対の剣を狙う。

 しかし、それは彼女にとって予測済み。刀の動きをほんの少しだけ一対の剣でずらし、自身に命中させない。

 その力の殺し方を気味悪く思いながらも、正確無比に人体の急所を狙いすました一閃を放っていく。

 しかし、どの一撃も剣先でほんの少しだけずらしたり、はたまた最小の動きで避けたり。エヴァの戦い方は、実に省エネなものであった。

 幾度もの剣戟、その最中荒々しく口撃する鷺沼。

『そうやってばかりで……実際のところはそうでもないのか!? 少しくらいこちらを真に攻撃してみたらどうだ軟弱者!!』

 しかし、エヴァはそんな罵倒など意に介すことなく、実に涼しい顔で合気道に似た力の殺し方を続ける。

「――いやね、私実際問題軟弱者なんだよ。体力テストとかある度に一部種目を除いて結構低い点数取ってばかりでさ。ハンドボール投げだって十メートル飛ぶか飛ばないかだし。武器ちゃんに向き合うこと以外、正直今の私に取り柄ってないんだよねェ」

 その発言は真実であったが、現状の鷺沼の状況を鑑みるに小ばかにしているようにも聞こえた。だからこそ、怒りのボルテージが次第に鰻上りとなっていく。

『あァそうか!! 結局は武器にしかその情熱が向かないから、特別な実績など無かったらすでに落第生なのか!!』

 動揺を誘う魂胆が見え透いていたために、どれほどのことを言われても心は静かな水面のまま。鼻で笑って口撃と攻撃をいなして、効率的に必殺技を叩きこむチャンスを窺っていた。

 しかし、そのエヴァの静かな余裕は、たった一言で消し飛ぶこととなる。

『だから、あの『タキモトライア』に入れ込むのか!? 男嫌いな自分を少しでも『慰める』ためにか!!』

 一瞬にして、エヴァの装甲の性能が急激に上昇。それと共にデュアルムラマサの出力も比例して急上昇。

 鷺沼の刀の、脆くなった一点を突いて破砕する。

 刀の悲鳴と共に、後方に退いた鷺沼は実感した。エヴァと言う女の、『惚れた強み』を。

「――私はね、私自身がいくら罵られようが構わないのさ。それなりに生きて、それなりにプロ意識を持って。的外れな素人トーシローの的外れな『ご意見(笑)』なんて聞き流して、『武器の匠』としてやってきたさ。自分へ向く矢印に対して、メンタル面は比較的強い方だって、自負してるつもり」

 デュアルムラマサ、そのグリップ部に備えられているトリガーを力強く押し、雷の性質を全身に帯びていく。

『必殺承認!! 村正剣劇〆の段・雷電合血滑りの太刀ムラマサショータイム・ブラッドエッジ・ライデンモード!!』

「――だからこそ、見当違いにほかの誰かを罵られることが、何より許せないんだよこのクソッタレ!!」

 礼安を傷つけられることが、何よりもの怒り。今のエヴァにとって、どれほどの精神面の支えとなっているか、想像に難くないだろう。

 だからこそ、眼前の存在が心底許せなかった。誰かを救うために英雄ヒーローが存在するのだったら、今のエヴァは英雄ではないのかもしれない。しかし、誰かを『想い』、怒ることのできる存在は最優の英雄でなくとも、最良の英雄となるのだろう。

 脚部に、自身の装甲出力限界値を余裕でオーバーするほどの魔力を流し込み、爆発させるように駆ける。

 踏み込んだ場所も、超スピードで駆けていく地も、次元を超えたハイパワーにより表面のコンクリートはおろか、その下部の地盤すら揺り動かすほど。

 瞬きなど許さない、迫りくる絶望。

 鷺沼は、今日ほど『想定外』を何より恨んだことだろう。

 電撃を纏った一閃、それは当人をかすめていったはずなのに、遅れた斬撃が腹部を深く切り裂いていく。しかし、二の矢ともいえるもう一閃が想像を超える。

 噴き出していた血が、自らの意思で流体の刃となり、鷺沼の肉体を逆袈裟に深くぶった切る。

『う、そ――だろ――――』

 血液自体に電力を流し込み、さながら流体磁石のように稼働させる。今まで体内における最低限の味方であったはずの血液を、電力一つで即座に意志を持って寝返らせ、疑似的な燕返しに似た技を繰り出させる。

 内から自壊させるこの技は、正直衆目に晒されている中では使用できない。いらないトラウマを植え付けてしまう可能性があるため、自身で縛っていたのだ。

「恨むなら――自分の減らず口を恨みやがれクソ野郎」

 しかしそれを放つほどに、エヴァは怒れる存在となっていたのだ。


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