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第八十七話

 デュアルムラマサにより高速で斬りかかるエヴァであったが、その刃を易々と受け止める富士宮。それと共に、装甲越しに誘惑する。

 その行為に嫌な予感を知覚したエヴァは即座に後方へ下がるも、その不安は的中してしまう。

 装甲が、一撫でで溶け出していたのだ。熱によるものではなく、彼女が手のひらから分泌する粘度の高い液体によるもので、さながらロー……赤ちゃんの肌をも保湿できる、いろいろな使用用途をもった『アレ』のようである。

『安心して、万が一口にしても大丈夫なように、体には無害なものだから』

「そういうことを気にしている訳じゃあない!!」

 一切の武器を持たない富士宮に対し、デュアルムラマサで応戦するエヴァ。しかし、圧倒的に武具の面で優勢であるはずのエヴァは、一切の手傷を追わせることが出来ずにいたのだ。

 全力を以って袈裟にぶった切ろうとしても、その液体が刃にかかる力を分散、失わせ、デュアルムラマサが駄目ならと肉弾戦を仕掛けようとしても、その繰り出す拳や蹴りは意味をなさず無力化されるばかり。

 しかし、一方の富士宮は、というと。攻撃する意思など感じさせずただ攻撃を無力化していくだけであった。どれだけ無力化した後に隙が生じようとも、装甲を溶かすばかりで一切の攻撃を繰り出さないのだ。

「――何だ、私を舐めているのか?」

『いえ、単純に私は戦闘向きじゃあないだけ。このえっち用のロ……液体に塗れた手で撫でて戦意を喪失させるくらい?』

「今ローションって言いかけたよね!? もうごまかしても意味ないだろえっち用まで言っちゃったら!!」

 そのエヴァのツッコミに、妖しい笑みのまま問い掛ける富士宮。

『なに、分かっちゃうってことは普段から使っているの?』

「そ、そんなことは――――」

 エヴァの言いよどむ表情を楽しみながら、富士宮は肌に塗るようにジェスチャーする。

『普段使いとしてはお肌の保湿に便利よねこれ!』

「――!! 私をおちょくっているのか!?」

 デュアルムラマサを振るって、何とか有効打を与えようと試みるものの、どれだけ速度を上げようとも火力を上げようとも、勢いを殺されてしまう。ローションによって全てが滑り、強く握りしめようとも片方を離してしまいそうなほど。

 さらに、富士宮自身が、荒事全般がどうも苦手なのか、受け流し捌くばかりで明確な攻撃行動をとらないことも理由する。抵抗こそするものの、敵対はしない。そういう感じであった。

 実に不思議なスタンスの彼女に、やり辛いような顔色を見せると、小ばかにするようにくすくすと笑う。

『あら、もう終わりかしら。英雄さん?』

「私は厳密には英雄とは違うけれど……これで終わってたまるか!!」

 次第にローションの感覚をつかんだエヴァは、滑る勢いを生かし踊るように攻撃を繰り出す。滑る流れは誰にも理解しきれないため、予測不能の舞であった。

(凄いわ、あれだけの足元の不安定さを逆にリズムを乱すために利用するだなんて。戦闘のIQが私なんかよりもはるかに上ね)

 しかし、エヴァが『武器の匠』でありながら戦闘の才があるのなら、富士宮は攻撃を寄せ付けない、あるいはいなす才があった。それこそが、別の誰かに変身した時のような土の魔力性質。

 超高粘度のローションでも威力を殺しきれない苛烈な攻撃は、自分の周りに薄く張り巡らせた土の鎧を以って防ぐ。実に薄く、そして強固。魔力の込め方によって性質はいくらでも変貌しうるため、乾き硬質化した土にも、足や剣、拳を絡めとる粘土質な泥にも変わる。

『私は貴女を戦意喪失させる。殺すだとか、傷つけるだとか。そういう野蛮なことはほかの構成員に任せるのが私のモットー。血なんて本当は一切見たくはないの』

 ローションの粘度や滑りやすさを逐次可変させていき、リズムや流れをつかみ始めたエヴァの攻撃を殺していく。全ての行動が思うようにいかないもどかしさが胸中に募る中、一瞬の隙を見つけた富士宮はドライバー上部を押し込む。

『Killing Engine Ignition』

『本当、このベルトも『殺人機構の点火』なんて、野蛮極まりないわ。これからすることはそんなこと微塵も考えていないのに』

 ローションと土を織り交ぜた、粘度の高い地に手を置き、無数の人型を生成する。やがてその人型全員、エヴァを覆いつくしていく。

「なッ……これは!?」

『簡単よ、私の必殺技は相手の好きな人の裸体で囲んで、じっくり堕落させるもの。誰も傷つけたくない、私の心が願った最も効率のいい、そして最も心地のいい心の折り方よ』


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