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第百二十一話

 事の危うさに気付いたのは、約一時間後のこと。デバイスで調べ物をしていた丙良が時計を見やると、信玄が家を出てから一時間経過していたのだ。

 この家全体に土の魔力を込め、部外者が侵入するとそれに反応する結界を即座に展開。上着とロック・バスターを手に、丙良は家を飛び出した。

(――僕のせいだ)

 自責の念を胸中に抱きながら、信玄の魔力の残滓を必死に追った。しかし、丙良は魔力探知に関しては少々不得手であった。信玄の方が秀でており、以前タッグを組んだ際は、丙良は主に実動部隊であった。

「僕が、失う恐怖を抱いてしまったから、信玄を突き放してしまったから――!!」

 風呂に入ったはずなのに、既に冷汗をかいていた。万が一、億が一。それが常に当たり前となる英雄と武器たちが故、嫌な未来予想が脳内を過っていく。

 しかし、丙良はその『当たり前』に慣れたくなかった。誰も欠けず、死傷者ゼロであり続けたかった。しかし今はもう、十数名の同級生を都市部で亡くした。そこに信玄も加わってしまったら。丙良の心は壊れてしまうだろう。

 走りながらも、目を閉じ振動感知の力に頼る。イレギュラーな振動を、ただひたすらに辿ろうとしたが、感知範囲には一切存在しなかった。

(一応大田区全体を感知してみたが……どこにもいないのなら外になるが……)

 大田区境目に存在する門。そこに常駐している二年次武器科の女子に話しかける。

「――失礼。過去一時間以内に、ここを通った人物はいるかい?」

「丙良くん……!? 待って、履歴を調べるね……」

 その後、帰ってきた返答によって頭を抱えることとなる。

「――うん、一人だけ、外に出ているみたい。夜にどこに行くかは分からなかったけど……ルールで『夜襲が禁止』されているから大丈夫かな、って」

 しかし、ここで丙良は気付いてしまった。学園長の設定したルールに施された、わざと作られた穴に。

「……待って、学園長が罰則を与えるのは『同士討ち』の一つだけだったよね?」

 『絶対に』という文言で禁じられているのは、同士討ちただ一つ。夜襲は確かに禁止されているものの、明確な罰則が書かれていたわけではない。いわゆる、口だけの禁則事項。罰則の一切ない、まるでお笑いにおける『フリ』のような文言であった。

 禁則事項を破れば、問答無用で罰則が下る。その固定観念を利用した抜け穴だった。

「それに、だよ。試合開始は翌日、と明言されてはいるけど……ルールが『今』適応されているかは分からないよね?」

 今日と二週間後の一日が予備日として用意されているが、『基本的に何をしてもいい』と明言されている。その間に、ルールが適応されているかは、『なぜか』明言化されていないのだ。

「あのルール……ぱっと見時間制限や『罰』の存在で英雄・武器側が有利だと思わせておきながら、予備日の存在で心理的余裕が生まれているのは、向こうの方が上だったんだ……何なら、ルールに一切縛られていない……今こそが……一番こちら側が不利になる、最悪の時間帯なんだ!!」

 門番の生徒に対し、外側から扉を開けることを絶対に禁じた丙良。

「そして、最後に聞きたい。こちらに入ってきた存在は……いるかな?」

 その問いが、まさに『最悪』の可能性を暗示していた。今現在、『教会』側の能力者がどのようなものなのか、一切リサーチできていない。そんな中で仮に認識を阻害する能力者がいたとしたら、強固な門などあってないようなものである。

「――――ぁ」

 門番の生徒が、青ざめた表情で口を覆い、画面の一点を凝視する。丙良の思う『最悪』が、ついに現実のものとなってしまった。

『外壁開放履歴――――三件』

「――認識や感覚を阻害する類の能力持ちが、いる……!!」

 そのタイミングで、丙良のデバイスにメールが一件届く。他でもなく、学園長からのもの。この緊急事態に何を伝えようとしているのか、半信半疑でメールを開くと、そこに書かれていたのは実に簡素な文章。そして、間違いなくこの現状に拍車をかけるであろう、風雲急を告げるものであった。

『丙良くんへ。英雄陣営に、裏切り者がいる。注意してくれたまえ 不破より』


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