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第百六十六話

 ほんの少し遡って。院と共に修行をしていた透は、加賀美と共に行動していた。大田区からかなり離れた中央区まで出向き、二人で多くの裏切り者と相対していた。

 しかし、ある程度戦い慣れした透の方が、圧倒的に分があり、さらに加賀美のサポートを受けつつの布陣で動いていたため、お互いを全く信じられていない裏切り者サイドは完全に不利であった。

 透に課せられた任務は、互いの陣営がぶつかり合う、東京二十三区中央部の一つである中央区で、前線を引っ掻き回すことであった。同じくその役割を受け持ったのは、丙良と信玄、そして信之。礼安がどうなっているかは後程。

 中央区に押し掛ける面子は相当の人数であったが、英雄陣営が思い描く当初の予想通り、板橋、豊島区と比べると些か少ないように思える。

 自分たちの陣営が内部から崩れ去る危険性を孕んだならば、早期決着以外に道はない。しかし馬鹿正直に真正面から突っかかることはしない。速度と効率を天秤にかけ、ちょうどいい塩梅に遠方から仕掛ける……と、河本は推理。一年もの間、待田の側近であったが故に、待田の思考を見事にトレースしきったのだ。

「――本当、河本センパイをはじめとして、今んとこかなり順調っスね。陽センパイは怪我とか無いっスか」

「うん、大丈夫……曲がりなりにも、エヴァさんに見初められた力だし」

 加賀美が手にしている剣は、太陽光をそのまま自分の力としているかのように、チェーンソーの刃が無数に駆動。片手剣のリーチと、チェーンソーの攻撃力を兼ね備えた、加賀美の温厚さとは真逆と言える武器であった。

「――イカついっスね、本当それ。誰が使っていた武器なんスか」

「まだ秘密、かな!」

 互いに向かって襲い掛かる攻撃を、お互いの剣と如意棒で叩き落とし、飛び蹴りを叩きこむ。背中合わせの状態で、多くの敵と向き合う二人。

「……そっスか。じゃあこれ以上何も聞かないッスよ」

 透に、その剣がどこで使われたものだとか、因子がどうだとか。そういったものは一切分からないため、特にそれ以上踏み込むことはしなかった。

 そんな有象無象に囲まれた二人であったが、一切危険な状況には陥らず。あとは二人、戦況が好転するまで無力化し続けるのみ。応援は来るだろうが、待田以外大したことはない。

 そう、思い込んでいた。

 加賀美にとって、一番の不安要素がそこにやってきてしまったのだ。


「――あッは、ご機嫌いかがかな、元バディ」

「!! その声って……!!」


 声のする方へ振り向く加賀美。小高いビルの屋上に立っていたのは、河本にとって、そして加賀美にとっての究極の不確定要素。

「やあやあ、無駄な努力を重ねる、初心者ルーキーちゃん」

 最も早く、英雄陣営を裏切り。そしてこの中で最もチーティングドライバーの異常性に身を浸らせ続け。元あった武器の因子が変質を遂げ、並以上の存在となった鍾馗であった。

「――アイツが、例の」

「私の、この合同演習会の元バディであり、同じ寮で暮らしていた仲間だったよ」

「は!?」

 戦闘力が他より劣っている加賀美が、誰についていくか。それを決めたのは、他でもない加賀美自身。そして、加賀美は事前に分かっていたのだ。鍾馗本人から、どこに現着するか、ということをショートメールで送られていたのだ。中央区で食い止める人員に加わることこそ、加賀美の思惑であった。

「……一体、どういうことッスか」

「――あの子は、鍾馗は。武器科に所属していた時から、正直自己中心的な子だった。人間だから、命は大事だから……それは当然なんだけど、まるで何か別の思惑があって動くってことが多かった。力の欲求が他より抜きん出ていたってのもあったけど……英雄や武器の求め方じゃあない、欲に心を支配されたようだったんだ」

 英雄学園所属時代から、その危険性を見抜いていた加賀美は、学園長への投書で鍾馗に対する対策を打診していたのだ。彼女の芯に秘める、『異常性』がこれ以上成長しないように。

「――私にやたら食い掛ってきたけど。陽がどうこう出来る訳ないじゃあないか。私よりも、圧倒的に弱いくせにさ」

 鍾馗は、有象無象たちを視線だけで下がらせると、透たちの元へ降り立つ。一切の衝撃を無効化し、音すらしない。まるで猫が高所から着地した時のよう。

「――でもね、陽。武器科の中で私の真意に勘付いていたのは……アンタとエヴァだけ。学園全体まで広げても、学園長がそこに入るくらいか。私はこのタイミングで裏切ったわけじゃあない、入学前からずっと、『教会』に入信しているのさ」

 裏切ったわけじゃあない。最初からその立場じゃあなかっただけ。それこそが、鍾馗蓮の正体であった。

 多くの生徒が待田の金縛りを受け、「仲間になるか」と尋問された時。

 英雄学園で過ごした、武器科での日々。特に、同じ寮で生活し続けていた加賀美への顔。

 それら全ては、ただの『演技』であったのだ。

 待田がその事実に気付いたのは、信之を拷問する以前のこと。その時、鍾馗の異常性を理解し、より気に入ったのだ。

「人は、歪んでこそ。そして演技してこそ。本当の顔を見せたところで、大したリターンは見込めない。なら全てを偽って、自由気ままに流離ってこそでしょう」

 そう語る鍾馗の表情は、まるで中国の変面のように無限の変化を見せる。どれが、彼女の本心かなど、今まで嘘しか吐かれなかった者たちには知る由もない。

「――透さん。院さんを応援として呼んでください。今の鍾馗の強さは……計り知れません」

「悪いっスけど、それは『英雄科』にとっちゃあ聞けない相談っスよ」

 加賀美の首根っこを掴み、遠くへ放り投げる透。方向としても、まさに大田区の方向。人間の力故限界はあるが、加賀美を生かす選択を取ったのだ。

「そんな、正体も分からない中で相対するなんて――」

「だからこそっスよ、加賀美センパイ」

 加賀美に対し、一切表情を見せない透であったが、彼女の心、意図、思いやり。全てを背中で感じ取ったのだ。同居人に嘘を吐かれ続けた加賀美が、表情を信じることができない加賀美が。

「――アイツに、なる早で来るよう伝えて下さい。俺らの修業の成果、見せてやるときだ……って。伝言頼みましたよ」

 一切の表情を見せないサムズアップ。本人がそれにレスポンスを返すかどうかも分からない中、最大級のファイティングポーズであった。

「……分かったよ、透ちゃん!! 任されたよ!!」

 鍾馗や有象無象たちがそれを追うことはなかった。何故なら、彼女らの眼前には仁王立ちする英雄がいた。その障害を排除しない限り、この先には絶対に進めない。RPGでもないのに、その場の全員が覚悟したのだ。

(ッたく。俺にちゃん付けはむず痒いからやめてくれって言ったのに……)

 半ば呆れかえった表情を見せた透を、静かに見下す鍾馗。今までの表情変化の中でも、とりわけ冷徹なものであった。何が演技か、何が本当か。そんなこと分かりはしないが。

「随分、粋な真似するじゃあないか、初心者ちゃん」

「何も。曲がりなりにも英雄志望なんで。って、アンタに敬語使う必要はねェだろうから――センパイだろうが、タメ口で行かせてもらうぜ」

 既に巻かれたデバイスドライバーに、『孫悟空』のライセンスを認証、装填。如意棒を再び顕現させ、自分の傍に突き立てる。

「――アンタに、どんな事情があって嘘吐きとしての人生を歩みだしたんかは……よく分からねえ。でもよ、アンタが英雄学園に仇なす存在なら……灸を据える必要があんだろ」

「私は武器科所属だったけど……英雄科の一年次風情が、安易に敵う存在だと思うなよ」

「なら分からせてやんよ、その身に」

 湧き出す魔力量を瞬時に察知する鍾馗。到底一年次から湧き出るほどのものではない、それほどに色濃いもの。辺りの有象無象たちが、才ある眼前の存在に嫉妬していた。

「――なるほど、最近話題の初心者ちゃんの一人が君か。通りで、この殲滅作戦に皆乗り気だ。出る杭を打ちたいんだろうな、無能が無能であることを認めたくない、そんな下らない一般人パンピーのクソみたいな、実に下らない自尊心プライドと一緒だ」

 鍾馗の因子元を思わせる、変異ライセンスを手にし、チーティングドライバーに認証。

『錆びた剣・スクレップ――怪力自慢の王子が手にしたのは、永い時を経て錆びついた凶悪強靭な剣、スクレップだった……』

「知名度は君ほどじゃあないが……破壊力はお墨付きさ」

 透と鍾馗、二人向かい合い、多くの有象無象たちに囲まれながら、対決の時を迎えるのだった。

「「変身」!!」

 己が欲望のため偽り続ける鍾馗と、ただひたすらに真実を追い求め、強さを求め続ける透。裏切り者対粛正者の戦いの幕が上がった。


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