有象無象たちを二人がかりで捕縛し、瓦礫積もる羽田空港跡地で軟禁。一仕事終えた二人は、大田区中央で一休みしていた。
その間、語られた事実は衝撃の連続であった。
自分以外の数人、学園長が直々に指名した内通者が存在すること。
その内通者たちは、巨大になり過ぎた『教会』陣営を内部崩壊させる役割を持つこと。
しかし一部生徒は、内通者であることを察されたのち待田によって脅されていること。
ルールの都合上、表立って英雄陣営として動くことはできないものの、戦うことが目的ではないこと。
「――なるほど、理解しました。お教えいただき有難うございますわ」
「……この合同演習会が開かれたときから、学園長はこうなることを見越していたのかな、って言えるくらいに手回しが早かった。ルール変更に関しても、まるで追い込み漁をしているようだったんです」
全ての流れが、出来過ぎている。あくまで和多田の考えであったが、院自身も合点がいってしまった。
「――私は、時折思うんです。学園長は学生である我々を、皆平等に愛してくれる存在ではありますが……それと同時に進級ごとのシステムが厳しくなっているように思うんです。まるで何かに急かされているように」
皆の競争心を煽り、高め合う環境づくり。それに関しては何ら違和感のない調整である。しかし、礼安たちが英雄学園に入学してから、位が上がる基準が高まったように感じていたのだ。
思えば、院と礼安にだけ当初話されていた、『厄災』について。今はまだその詳細を聞いてはいなかったが、それが関わっているとしか思えなかった。
相対する『教会』。それと『厄災』に何の因果関係があるのかは理解できなかったが、自分たちの範疇を超えた、何かしらの考えが学園長自身にあるのだろう。
考え事を重ねる院に対し、悲しそうな笑みを向ける和多田。そこに秘められたものは、院たち精鋭には絶対届かないであろう、ある種の諦めであった。
「――その様子だと、君は学園長の意図が何となく分かっているようだ。娘さんでもあるらしいからね」
「……私からは、詳しいことは話せませんが。お父様と私たちが主となって、私たちには詳細を知らされていない『計画』を行う事……それだけはお答えできますわ」
和多田は、皆ほど野心にあふれた存在ではない。因子元は程々の知名度ではあったが、学園長や礼安たち『最強格』ほどの知名度はない。ある程度の頭脳は持ち合わせてはいるものの、頂点を取るほどではない。戦力に関しても言わずもがな。英雄たちの力の源たる欲の根源も、『今まで育ててくれた両親に、良い思いをさせてあげたい』こと。
言ってしまえば、全てが並。ただ他以上の努力で二組をキープし続けているだけ。最も感性が一般人に近い存在と言っていい。
「――正直、羨ましいんです。貴女がた秀でた存在が。力や経験、それらに関しては『嫉妬』していると明言していいでしょう」
「……和多田先輩」
ぼろぼろと零れ落ちる涙を、院はただ眺めるしかできない。かける言葉も見つからない。嫉妬の炎を燃やし、自分たちに襲い掛かる裏切り者たちが、和多田にとって輝かしく思えてしまうほどに、精神がぼろぼろになっていた。
「――このまま英雄を目指しても、大した存在になれない。君たちのような秀でた存在がいるから。でも私にはそれらを力でどかそうだなんて、乱暴な考えは出来ない。洗脳を黙って受けられたら、どれだけ楽になれたかな」
でも、それは出来なかった。学園長自ら送ってきた、洗脳の効果を無効化するアプリケーションを使い、真に『教会』陣営の内通者として動いている現状。
その訳は、裏切る度胸が無かったこともあるが、きっとほんの少しの『誇り』が全て。曲がりなりにも英雄の因子を持って生まれた、自分への心の枷。
マイナスな感情に呑まれてはいけない。
いつだって人々の模範でなければならない。
全てが並であっても、譲れない心がそこにあったのだ。
「私の周りで、多くの下級生徒たちが力を望んだ。どこの誰だか分からない、姿の見えない教祖に縋っていたんです。正直……気持ちは分からなくも無かったんです」
「――でも和多田先輩は、その誘惑を自力で乗り越えられた。それは……並という言葉では片づけられませんわ。自分のことを卑下するのは、もうやめて下さいまし」
欲というものは恐ろしいもので、人をどこまでも狂わせることのできる、人間の力の源であり、神が作り出した最大の失敗作である。
英雄として力を完成させるには、その欲を自分のものにしなければならない。大概が、有象無象のように欲によって腐り果てる中で。
「――辛かったんです、我慢することが。ある程度学園長からリターンが約束されているとはいえ。目の前にご褒美を用意されて、それでも尚自分を律することは……まさに拷問でした」
『教会』のやり口からして、過去辛い経験をした人物以外にも、これからの人生に思い悩んだ、才能が真に開花することのなかった英雄の卵たちが流れ着く先に、『教会』が存在する。手軽に力が得られる中で、泥臭い努力などばかばかしいと、鼻で笑いながら歪んだ力を得る。実に理論だったやり方である。
「……この一件が終わったら、私はどうしたらいいのでしょうね。後輩である院さんに相談するのも……実にばかばかしいように見えるでしょうが」
涙と鼻水で崩れた顔。そこにはどう足掻いても伸びしろが限られた、かといって大した肝っ玉を持ち合わせている訳でもない、そんな和多田の、迷いが現れていた。
院は、仮設住宅からいくつかのティッシュを持ってきて、和多田に手渡す。
「――何も、強いことが英雄の条件ではありませんの。私たちが語っても、正直説得力は微々たるものかもしれませんが……強くても誰かを気にかけられなかったら、正直それは英雄ではなくただの猛者。優しさと強さを両立してこそ、真なる意味で英雄と呼べるのですわ」
現に、埼玉支部とのやり取りを重ねていく中で、透はただの猛者から英雄へと様変わり。殺意や復讐心に支配されていた心が、誰かを思いやりながら戦う、心の優しい英雄へと羽化した。
院の脳裏に浮かぶのは、それ以上のお人よし、礼安。
自分を一切顧みない、そんな危なっかしい部分は在りながらも、根底にあるのは弱者の救済。恵まれた力を活かす先、欲の源こそそこに集約されているため、より純度の高い戦闘力へ変わっていく。
「和多田先輩。貴方は……心優しき英雄だと思いますわ。この世に完璧超人なんて、そんな
院の言葉は、しかと胸に響いたようで。和多田の涙は一層溢れ出していた。
そのすぐ後、息も絶え絶えな状態で大田区に到着した存在は、まさかの人物であった。
「――院さん!! すぐに……中央区に向かってください!!」
「あ、貴女は……!」