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第百六十四話

 教会の一部面子は、大田区自体に進攻しようとしていた。無論、待田ではない。ある程度の有象無象を引き連れた、有力な裏切り者たちである。

 しかし、多くの有象無象たちは目を疑った。

 それは、大田区から外界に渡っていくうえで越えなければならない関門、隔壁の扉が全て開け放たれていたのだ。

 通常、これを閉めっぱなしにでもすれば、部外者立ち入り禁止、無理やり入り込もうとすれば横に添えられた機銃二つでハチの巣に。それはどれほどの実力者であろうと、防ぎようのない事実。仮にその機銃を無理やり壊そうとしても、結局は警報が響き渡り敵襲がバレバレに。

 しかし、それらアドバンテージをかなぐり捨てた現状況は、不可解極まりない状況であったのだ。

「――『空城の計』です」

 その有象無象たちの中で、最も腕の立つ裏切り者である英雄科二年二組所属、和多田将涛ワタダ マサナミ。白のメッシュが入った茶髪のショート。少々引っ込み思案な気こそあれど、頭脳と膂力はかなりのもの。ある程度の筋力と美貌を兼ね備えた存在であり、男子生徒の中でも人気が高かった。

「おそらく……私たちをこの先に招こうとしています。『誰もいないだろう』という心理を突き、ある程度ここで戦力を減らすつもりなのでしょうね。かつて諸葛孔明が行った策とされています」

 自分の城を空っぽの状態にして見せ、敵の警戒心を誘う兵法三十六計の一つ。主に心理戦がメインとなる。

 主に相手が格上か、圧倒的に戦力量が多い場合に用いられるため、今の英雄陣営の状態にはうってつけ。まともに戦える面子が六人しかおらず、敗走の危機に陥る可能性が生まれたときに、真価を発揮する。もしこれ以上進んだら、メリットが少ないか害を被るか。

 優れた指揮官であれば、罠を警戒しやみくもには進まないものだ。

「だからこれは進まない方が――」

 そう和多田が警戒を促すものの、感情に身を任せた存在である有象無象たちは一切気にしない。分隊を引き受けたことを後悔しながらも、呆れた和多田も無人の大田区に入り込む。

 その時であった。

 空から飛来する無数の炎の矢が、有象無象たちを貫く。

 それぞれ、人体の急所たる部位を貫かれているものの、命をいたずらに奪うことはせず。ただ無力化を図るのみで止めていた。

「――話には聞いていましたが……やっぱり今年の一年生は凄いですね。伊達に支部を二つ崩壊させてません」

 建物の陰から現れたのは、院ただ一人。変身前から、紅斧弓のみを顕現させていた。

「――貴方が、俗にいう裏切り者、という存在ですか。失礼ですが、あまりそんな突飛なことを考えるようには思えませんが」

「……まあそうだね、皆戦闘不能だし……言ってもいいか」

 デバイスを操作し、院に見せた画面は、衝撃のものであった。

 そこに書かれていたのは、『英雄陣営所属』の文字。チーティングドライバーを所有しているわけでもなく、何なら精神汚染の証拠足りうる、歪な魔力反応は有象無象以外感じ取れず。

「――まさか、貴方は」

「……ご明察、私は学園長の言っていた裏切り者内の裏切り者、内通者その一人だよ」

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