凍りついた空気の中、テーブルには芸術的に美しいオードブルが並ぶ。
アレックスさんは悠然とカトラリーを手に取り、マナトさんは釈然としない面持ちでそれに続いた。
「ご機嫌ななめだね。マナト。ここの料理は素晴らしいと聞いているよ。笑顔で絶品を楽しもうじゃないか」
アレックスさんがにこやかに言う。
「……嘘つきは信用できない。またどんなテストが待ってるやら、だ」
マナトさんの眉根は不機嫌そうに寄せられている。
「正体を明かせば君の親友にはなれない。持つものは警戒されるからね。マナトだってそういう目に何度も遭遇してきただろう? ならば僕の気持ちもわかってほしい」
「昨日じゃなくて、今日のだよ。さっさと自分から種あかしすればいいだろ? 俺が驚くのを観察して笑ってた」
アレックスさんは美味しそうにシャンパンを飲み干すとこう続けた。
「好きな人間はかまい倒したくなるんだよ。その気持ちも、君とは共有できるはずだ」
見透かすようなアレックスさんの目。
(確かにマナトさんはサプライズが大好き……)
マナトさんの表情から、すっと険が消えた。
いや、違う。苛立ちとプライドと、そしてどこか面白がるような気持ち。
いくつもの感情がせめぎ合っているのが、私にも見て取れた。
ふと、マナトさんはちらりと私を見た。
心配そうに彼を見つめる私の瞳と、視線が絡む。
その瞬間、彼の瞳にあった鋭い光が、ふっと和らいだ気がした。
「まあね。相手を驚かせて喜ばせたい。それは一つの愛の形だ」
マナトさんは呟く。
「ふふっ。だからそう言うことだよ」
「……ったく」
マナトさんは、シャンパングラスを傾けた。苛立ちをアルコールで流し込もうと言わんばかりに一気に飲み干す。
そしてまっすぐにアレックスさんを見た。
「わかった。ここからは建設的な話し合いをしよう。サプライズは抜き。約束だよ」
「OK。親睦を深めよう!」
態度が軟化したマナトさんに、アレックスさんは破顔する。
マナトさんは私に向き直った。
「というわけで、みかりん、休戦同盟を結んだからもうハラハラしなくていいよ。さっきからあんまり食べてないでしょ」
「あ、いえ」
「無理しないで。モンスターに囲まれて怖かったよね」
心配そうな表情。
確かに、いつものマナトさんと違い、死に神を前にした彼は、特別なオーラを放っていたかも。
「お気遣いありがとうございます」
私は小さく頭を下げた。
(こんな時でも、私を気にしてくれる……)
さりげないことだけれど嬉しかった。
歓談が始まった。
「ところでビューティフルレディー」
突然アレックスさんが話しかけてきた。ビューティフルと言われて謙遜もせずに応じるのは我ながらどうかとも思う。
しかし残念ながら、今、空気を読んでいる余裕はない。
「君も気づいているだろうけど僕はマナトが気に入っていてね。彼のことは何だって知りたいんだ。ちなみに彼から君を宝物だと聞いている。その君からぜひ聞きたいんだが」
アレックスさんは口元に微かな笑みを浮かべ、値踏みするように私を見た。
「マナトは一言で言うと、どういう男なのかな?」
アレックスさんはなぜかとっても嬉しそうに、満面の笑みで尋ねてくる。
まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように瞳を輝かせていた。
「アレックス。俺の秘書に意味不明な質問をしないでくれる? 聞きたい事があるなら俺が答えるから」
マナトさんが不満そうに口を挟む。
「保護者は黙って。僕はレディの意見が聞きたいんだよ」
アレックスさんはマナトさんを一蹴する。
「さあ、教えて。君から見た彼はどんな男?」
彼の両眼は、獲物を前にしたハンターのようにギラリと光り、顔には期待に満ちた笑みが広がっていた。
(モンスター……)
別に脅されているわけでもないのに、圧を感じる。だからこそ、マナトさんも助け舟をくれたのだろう。
とはいえ、それに甘んじているわけには行かない。
(どうしよう)
私は一瞬戸惑った。秘書としての立場なら、多少は謙遜すべきだと思う。
だけど、アレックスさんは日本人じゃない。自己主張の強い海外の人たちは、自分のことや自分の上司を過剰にアピールするのは当然で、謙遜は自信がないとみなされて評価が下がると聞いたことがある。
(そういえば、メールも田中さんに送られて来た。今度は周りの人を試しているのかも)
緊張が走る。責任重大だ。
と、テーブルの下から伸びてきたマナトさんの手が、私の手をそっと握った。
彼の力強い体温が伝わってきて、強張っていた指先から力が抜けていくのがわかった。
「落ち着いて。食べられたりしないから」
「マナトさん……」
「正直に言えばいいんだよ。神に選ばれしいい男だ、って」
彼の冗談で緊張がほぐれる。
なけなしの勇気が胸の奥から湧き上がってくる。
(正直に、ありのままに)
彼の手が離れる。
私は前を向いてはっきりとアレックスさんに告げた。
「五十嵐を一言で言うなら」
「一言で言うなら?」
アレックスさんが答えを急かすかのように身を乗り出す。マナトさんも注目していた。
「……ブリキの木こりです」
「ブリキの木こり!?」
アレックスさんは大声で叫ぶ。あまりにもリアクションが激しくて……説明不足に遅れて気づく。