「あ、オズの魔法使いに出てくる登場人物なんですけど……最近は知らない人も多いですよね」
アレックスさんは、ノンノンと指を左右に振った。
「とんでもない。愛読書だよ。だから、かなり驚いている。君の口から、その話題が出たことに……正直運命を感じたほどだ」
「はあ?」
アレックスさんを睨むマナトさん。
「こ、怖い。マナトが俺を殺しそうな目で見てる」
「運命なんてふざけた言葉を使うからだ。さっきは俺にも言っただろ」
「わかった。浮気はやめるから嫉妬しないで。続けてみかりん」
アレックスさんは軽口混じりに私を促す。
物語を知っているなら話は早い。
私は一度、マナトさんへと視線を向ける。そして、意を決して、まっすぐアレックスさんを見つめ返した。
「ブリキの体は、一見すると冷たくて、感情がないように見えるかもしれません。言葉少なで表情もあまり変わらないから、誤解されてしまうことも多いです。でも、本当は誰よりも温かいハートを持っているんです。ただ、心は目に見えないから……ブリキの体の中に隠れているから、分かりにくいだけで」
アレックスさんに伝わるように、彼の目をまっすぐに見る。
こんな時だからこそ、マナトさんに興味を持ってくれた彼だからこそ、しっかりと伝えたい。マナトさんの真実の姿。
青い炎のような情熱が私をつき動かしている。
「彼の本当の優しさは、言葉じゃなくて、行動に表れるんです。さりげない気遣いや、誰かを守ろうとする強い意志。その行動の一つ一つが、彼の心の温かさを証明しています。それが、私の知っている、五十嵐マナトという人です」
「分かりにくい優しさ」なんて言ったけれど、本当はちょっと違っていて。
私に向けてくれる、それは過保護なくらい過剰だ。
だけど、それ以外は、かなり見えにくい、と感じている。
田中さんやイガさんと憎まれ口を叩き合いながらも、その奥に見えかくれする深い愛情。そして、社内の誰に対しても変わらない誠実な態度。
たくさんの場面で、私は彼の本当の心に触れてきた。だから、確信できる。
彼の本質は、彼が、自分にはないと思い込んでいた、「優しさ」そのものなのだと。
キーワードが1つ決まればまるで鍵穴にぴったりの鍵が見つかったかのように、言葉がスラスラと口をついて出てきた。
私は夢中で言葉を紡いだ。隣に座るマナトさんが、驚きと、そして何か別の感情が入り混じったような、見たこともない表情で私を見つめていることにも気づかずに。
「……という感じです」
まだ言い足りないけれど、一息つく。
ふと見るとマナトさんの頬が赤らんでいるのに気がついた。
どこか切なげな表情に見えて、意味もなく私の胸がずきりと痛んだ。
茶色の目が左右に揺れ、そこでやっと私と目が合った。
迷子の子どものような頼りない表情が、照れたものへと変化する。
そして片手で顔を覆うようにしながら、絞り出すように小声で呟いた。
「……ああ、やっと止まった。これ以上続けられたら、ぶっ倒れるところだった」
「えっ」
戸惑う私。
「ビューティフルレディー。気づかなかったのかい? さっきからマナト、真っ赤だったよ」
「そうなんですか!?」
「うん。りんごみたいだった。今も、ほら、見て」
言われてじっと彼の顔を覗き込む。
確かにすごく恥ずかしそうで……照れくさそうだ。
アレックスさんがははっと笑った。
「マナトをここまで追い込むなんて、流石はビューティフルレディだね」
「そ、そんな」
「マナト。どうした? 照れまくって。称賛なんて聞き飽きてるだろ?」
「……顔と身体と能力はね。こう見えて運動神経もいいからね? 学力はうん。言わずもがな」
「だけど?」
アレックスさんが突っ込む。
「性格を褒められた事は皆無。親にだって言われた事ない……優しいとか……慣れてないから……ちょっとキツい。死にそう」
マナトさんの頬はますます赤くなっていき、私は戸惑った。
(そうだった。イガさんは最初マナトさんを、悪魔と呼んでたんだった)
それだけじゃない。
勘違いとはいえ、亡くなったお母様も、マナトさんに「冷たい人間」と思い込ませる言動があった。
私の言葉が、彼を喜ばせるどころか、逆に追い詰めてしまったのかもしれないと、少し不安に思っていた時、
「それにしても……ブリキの木こりか。羨ましいな。最高の褒め言葉だ」
アレックスさんがしんみりとした口調で語り出した。
「僕はね。自分を臆病なライオンだと思ってる。能力者だらけのあの物語でライオンだけはちょっと異質な立ち位置なんだよ。確かに他のメンバーは見た目からの誤解があった。けど、ライオンは実際に泣き言を言ってるんだよなあ。彼は本物の臆病者で、ブリキの木こりは埋もれた才能に気がついてないだけ。カカシもそれと同じかな」
どこか自嘲気味なアレックスさんの表情。
笑顔が消えたその顔から、少年の頃の彼が見えた気がした。
マナトさんも……さっきはなんだかしんみりしてたし。
私、何かトラウマをえぐった?
(モンスターと呼ばれる人たちも人間なんだ……傷つきやすいハートを持っている……)
神に選ばれしイケメンを自称しているマナトさんですら、ずっと悩んでいたことがあったのだから。
「泣き言が言えるって、私はすごい事だと思いますけど……」
ポロリとつい、本音が漏れる。
「ずっと我慢して我慢して……いつの間にか自分が傷ついていることにもわからなくなってしまう……そんな風になったら切ないですから」
「……みかりん?」
マナトさんに名前を呼ばれて、ハッとした。
アレックスさんも、彼も、なんだか神妙な顔をしている。
一瞬で後悔した。
(しまった。ボーダーを超えちゃった……)
ただの秘書の私が、世界的な投資家である彼に、なんて偉そうなことを……!
血の気が引き、私は自然に早口になる。
「だって、困っている時に、何も言わなかったら誰も助けてくれませんし……SOSが全力で出せるライオンは、すごいんですよ!」
私なんか何者でもないのに、偉そうに彼に物申してしまった。
どうしよう。批判や否定だと思われなければいいんだけれど。
アレックスさんの目が驚いたように左右に揺れている。
最初に口を開いたのはマナトさんだった。
「確かになあ。SOSを出さないと、助けてもらえないよね」
何かを考えているように、噛みしめるように、マナトさんは言う。
「ええ。助けたいのに気が付かず、見逃してしまうかもしれません。それは切ないと思うから……」
何気ない私の一言に、彼の表情がみるみる変わる。
何を考えているのだろう。また、なにか不用意に人の心を揺さぶったんじゃなければいいんだけれど。
「なるほどなあ。うん。なんか、深い」
「深い? 今の話が?」
「うん。なんかさ、胸の奥に、ずん、と来た」
どこかサバけた表情のマナトさんがにっこり笑う。
そして爽やかな顔でアレックスさんに告げた。
「彼女の言う通り。ライオンはすごいよ。自信持てって。俺もそうするからさ」
「マナト……ビューティフルレディー」
アレックスさんは私とマナトさんを交互に見て、ふっと笑った。
「参ったなあ。レディに1本取られてしまった」
どこか嬉しそうに頭をかいているアレックスさん。
その反応を見て、マナトさんが満足そうに、そしてどこか誇らしげに口元を緩めた。
「面白いだろ? うちの秘書は」
そう言ってマナトさんはシャンパンをあおる。
「……ああ。君が執着するのもわかるな」
アレックスさんも微笑んでいる。
(良かった……傷ついたわけではないみたい)
私は胸の鼓動を確かめながら独りごちた。
「みかりに教えられて気づいたよ。僕がマナトに惹かれる理由がね」
アレックスさんは、うっとりとマナトさんを見つめた。
「僕は臆病なライオンで君は心を探すブリキの木こりなんだ。勇気と優しさ。こ2つが合わさったら世界を取れると思わない?」
「ああ、オズの国にでも旅行に行く?」
マナトさんが軽い口調で言うと、アレックスさんは破顔した。
「その言葉を待っていた! OK。俺と一緒にアメリカに来て欲しい。俺と一緒に働こう」
(マナトさんが、アメリカに!?)
まさかの引き抜き?
超弩級の爆弾が落とされて……。
眼の前の景色がぐらり、と揺れた。