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147.取引と対価

 第三回公式イベント最終日。

 セナはあれから苦戦するような相手と遭遇することなく、地道にポイントを稼ぎ続けた結果、終始ランキング一位を維持していた。

 掲示板では蹂躙されたプレイヤーの阿鼻叫喚が不定期に投稿されるが、それを見るたびにセナは自分の方針が間違っていないことを悟る。


 やがて、脱出口へと辿り着いたセナ。

 ポイントさえあればセーフゾーンで交換できるものと同じものは入手できるが、特別な報酬は脱出口を使わなければ手に入らない。

 そしてその脱出口は、とても分かりやすかった。


「神像、だね……」


 秩序の四聖神と混沌の三魔神。そこにそれぞれの最高神である〝繁栄もたらす豊穣にして生命の神〟と〝暗き死にして冥府の神〟を加えた、計九柱の神像で囲まれた石造のアーチ。

 アーチの中は油膜のように虹色で、向こう側を見ることは出来ない。


「(ポイントは十分に貯めた。時間はまだあるけど、ここに戻ってくる時間を考えたら狩りは無理だよね)」


 そう考えたセナは、軽い足取りでそのアーチを潜った。周囲に人がいないことはレギオンの影で把握済みである。


『……到達プレイヤーよ言祝ぎその偉業を認めましょう褒美選びなさい祝福限られた品々を宝物余すこと無く。……羅列ここにありし品希望なければ要望もするといい選択後悔しないように自信欲しいモノを探しなさい邁進そして牙を研ぎなさい成長邪を穿つその時まで


 アーチはポイント交換専用の空間に繋がっており、そこは宇宙のような神秘的な光景が広がっていた。そして、プレイヤーがこの空間に立ち入ると、単語のみを組み合わせた言葉が投げかけられる。

 言葉を投げかけてきたのは摩訶不思議な造形の神である。頭部の代わりにメビウスの帯が浮かぶ女性の体と、自転と公転を続ける星々で構成された下腹部、石膏で出来た両脚、三対六本の腕、腕と背中からはたくさんの天使の翼が無造作に生え、時計のような紋様のヘイローが幾つも浮かんでいる。


「(なんて言ってるのかよく分からないけど、ルミナストリアかな……)」


 この理解の難しい存在を、セナはルミナストリアと予想した。創世の神、万物を繋げる神。有する権能が多く複雑だからこそ、その神の体は歪なのだと。


「――やっぱり君は辿り着くよね。狂信者さん」


 限定アイテムを確認しようとしたとき、ふと声を掛けられる。

 ビクッ! と振り返ると、そこにはボロボロな格好の剣士が疲れた表情で座り込んでいた。


「えっと……ああああ、さん?」

「あよん、でいいよ。仲間からはそう呼ばれている」


 彼は剣士ああああ。第二回公式イベントの本戦に進出したプレイヤーの一人で、第三位に落ち着いた人物だ。

 以前より質の良い装備に身を包んでいるが……残念ながら、ボロボロになっているため買い換える必要がありそうだ。


「何のようですか……?」

「取引だよ。いやぁ、僕が遭遇した相手はとんでもなく強くてね。下手に善戦してしまったものだから、ボロ雑巾にされてしまったよ。まあ、得られた情報もあるんだけれど、苦労に見合わないかな」


 恐らくシャリアかヴィルヘルミナのことだろうとセナは予想する。ジジなら善戦にすらならないだろうから。


「だから、得られた情報の質を上げるために、君の持つ情報を買いたい。対価は……これでどうだろう? 足りなければ上乗せするよ」


 トレード画面を寄越して、あよんは言う。

 そこには限定交換アイテムであるEXPブースターやスキルオーブ、更には霊水と、貴重なアイテムがずらりと並んでいる。もちろんシルバーも添えて。


 正直に述べるのなら、セナにはあまり必要の無いアイテムだ。自分のポイントで交換できるし、シルバーも億には届かないがそこそこ貯蓄がある。

 つまり、この取引に応じるメリットが無いのだ。


「む、レギオンが代わりに答える。マスターはそんな取引応じない」

「レギオンも同じ。マスターに必要なモノが無い」

「レギオンが欲しいモノもね」


 なんとか言葉を絞りだそうと頑張るセナ。しかし、レギオンが勝手に対応した。

 オロオロとしているが、伝えたいことは全てレギオンが言っている。なので、セナは開きかけた口を閉じて頷く。


「そう……か」


 トレード画面を閉じたあよんは、落胆したように肩を落とす。そして、無視できない言葉を口にした。


「――なら、魔大陸に関する情報も要らないのだろうね。仕方ない、これは自分たちで調べ尽くすことにするよ」


 魔大陸。アグレイア七賢人『無限のマクスウェル』がいる大地。いずれ訪れなければならないフィールド。

 セナですら知り得ない情報を、この男は知っていると言うのだ。


「あの――」

「応じる気になったかな?」

「っ……」


 だが、何となく癪に障る。

 セナはコミュ障でぼっちなソロプレイヤーだが、他のプレイヤーと一緒に遊びたくないわけじゃない。一時的とはいえ、ミゼリコルデを斃すためにキルゼムオールと共闘もした。偶然居合わせたホルンのパーティーともだ。

 けれど、この男の提案に乗るのは、手のひらの上で転がされているような不快な気分になるのだ。


「……先に、情報をください。わたしが取引に出すのは、それ次第です」

「いいですよ。では、こちらをどうぞ」


 あよんは二つ返事で了承すると、インベントリから古ぼけた手記を取り出す。それをレギオンが受け取り、セナに渡す。

 どうぞ、と手で促されたので中身を確認してみると、それは確かに有用な情報だった。


「(とある冒険家の手記。東の砂漠の地下迷宮から魔界――魔大陸の地下に移動して、大魔女に謁見し帰還するまでの出来事が綴られたもの……。どうしよう。これ、本物だ)」


 大魔女が何者か分からないが、マクスウェルに繋がる手がかりなのは間違いない。

 七賢人としての彼女は、自分が魔大陸にいることは明かしても、明確な所在は明らかにしてくれない。彼女の下に辿り着くのも試練の一環だとするのなら、これは非常に有用な情報となる。 


 対価として渡すべき情報は……とセナが悩んでいると、あよんが言う。


「こちらが知りたいのはアグレイアと七賢人についてです。それと、帝国への入国に使った方法と、神威なる力について。他にも知りたい情報はありますが、値段はそちらが決めてください」

「…………」


 セナは悩む。渡せる情報と渡せない情報があるからだ。

 まず、神威について教えることは出来ない。これはセナとレギオンだけの力だからだ。

 アグレイアと七賢人については、セナもよく知らない。他のプレイヤーより先んじて掴んでいる情報はあるが、それだって微々たるもの。


「…………帝国には〝烙印狩り〟という組織の伝手で入国しました」


 だから、ジャブを放つ。これは話しても問題無い情報の一つ。


「たしか君のサブジョブがそれだったね。何かしらのクエスト、或いはフラグを踏まないと使えない手段か。となると、闇組織になるのかな。名称的に賞金稼ぎや仇討ち人、暗殺者のようなニュアンスを感じるからね」


 一つ話すだけで、関連する情報を推測で当ててくる。

 とてもやりにくいと感じるセナだが、情報をもらった以上はいさよならとはいかない。

 それに、ここは戦闘行為が禁じられているので、彼を斃して持ち逃げするのも不可能だ。 


「…………アグレイアは大昔の国のことらしいです。七賢人はその国を支えた魔法使いで、その内の一人が帝国の皇帝をやっています」

「なるほど……けど残念。それはさっき本人から聞いたから、無効かな」

「……あの人と戦ったんですか」

「うん。結果は見ての通りだけれど」


 困ったように笑いながら、目だけはしっかりとセナを見据えている。

 セナも渡せる情報が減ってしまったので困る。


「……じゃあ、七賢人がもう一人この大陸にいることは知っていますか?」

「シャリアだろう? ラゼータにある『シャリアの魔塔』の主だ。尤も、僕らはそこまで辿り着けていないわけだけど」

「…………じゃあ、シャリアさんが使う魔法は、対価に相応しいですか?」

「……そうだね。あのダンジョンを攻略する一助になる。喉から手が出るぐらいには欲しいかな」


 途端に真面目な顔付きで、あよんは腕を組んだ。


「僕は検証班の戦闘攻略組。高難易度ダンジョンにアタックし情報を集めるのも仕事だからね。そのボスの攻略方法が分かるのなら、さっき渡した手記以上のお釣りが返ってくるだろう」

「なら……


 レギオンを下がらせ、セナは右手の甲を擦る。

 弓掛の下にある聖痕のクールタイムはとうに明けている。一〇回纏めて使ったせいで二つしか回復していないが、それで十分だ。


「【規則の聖痕】。新しい規則を創り、神の力を封じ、時間さえも巻き戻せるこれを大規模にしたのがシャリアさんの使う魔法です」

「……つまり」

「最上階は環境も変わるのに道中の番人に苦戦しているんじゃ、シャリアさんの試練には挑めませんよ!」


 回数を一つ消費して敷く規則は迷宮内への強制退出。内容は、レベル100未満のプレイヤーがポイントを消費せず留まることを禁ずる、だ。

 これによりあよんは迷宮内のどこかへ飛ばされ、この空間にはセナとレギオンだけが残る。


「――緊張したぁ~~~」


 もくろみが成功し、セナは床に倒れ込む……前にレギオンが支えた。

 とても……そう、とても頑張って交渉したが、さすがに限界である。セナのメンタルでこれ以上付き合うとよろしくないボロが出てくるため、無理やり切り上げたのだ。


『……規則魔なる法を敷く者よ禁止ここでそれを使うのは推奨できません注意次はありませんよ警告破れば罰を与えます

「…………ごめんなさい」


 対価を与えつつ相手を追い出すことに成功したが、ルミナストリアからお叱りを受け、セナはしょんぼりした。

 イベントフィールドとはいえ、神の領域で別の神の力を使うのはダメらしい。警告で済ませてくれたのは温情だろう。

 ポイントを全て交換して、セナはそそくさとイベントフィールドを後にする。

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