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148.幕間 検証班VSヴィルヘルミナ その一

 これはセナが脱出口に辿り着く前の出来事である。


「あよんさん、こっちのデータ纏め終わりました」

「こっちも~」

「他のパーティーから連絡事項はありましたか?」

「いえ、特には。あの異常なまでに強いNPCに関しては依然変わらずです」

「なるほど」


 セーフゾーンの一角で何やら作業をしている彼らは、検証班に所属しているプレイヤーだ。検証班とはゲーム内の情報を集め、検証し、売買する、クランのようなもの。

 FGオンラインにはクラン(もしくはギルド)といったシステムは実装されていないが、そこは掲示板とウェブサイトを代わりとしている。


「(……ポイントは十分に集まっている。イベント自体の攻略は至って順調。やはり、四体のNPCが問題ですね)」


 このイベント中に集められる情報は粗方入手した。敵性存在がプレイヤーの提案によって決まるという性質上、検証班が出会ったことの無いモンスターも含まれる。

 ただ、どうしても情報を集めることが出来なかった存在が四体いる。そのうちの一体は四日目辺りから報告が無かったが、どうやら斃されたらしい。


「(ホルンさんからの情報によれば、あのメイドを斃したのは狂信者さんとキルゼムオール君みたいですね。彼もサポートしたみたいですが……案の定、PKされてポイントを失ったと)」


 斃したのがセナとキルゼムオールのため、エクスマキナ゠ミゼリコルデの情報はやはり手元に無い。


「何かしら対価を用意して彼らから情報を買いたいのですけれどね」

「そもそも接触する時点で難しいじゃないですか、あの狂信者」

「クッハ! の人はPKだし、そもそも王国に居ないから接触のしようがねぇよなぁ……」

「もう時間も無いですし、脱出口に向かうとしましょう」


 特別なアイテムの詳細も、検証班であるならば知っておかなければならない。

 というか、彼ら検証班はとにかく調べずにはいられない人種の集まりである。検証班のリーダーは特に変人であるし、血眼になってまでバグを探す者も相当に変態だ。

 戦闘班に属する彼らはそこまででは無いが、それでも調べられるのなら徹底的に調べないと気が済まないタイプの人間だ。


「あれ? あよんさん、脱出口の場所って分かるんですか?」

「大まかな位置は把握していますよ。迷宮内のマップデータの大半は統合して手元にありますが、未探索エリアは中央付近に固まっていますからね」

「でも道繋がってませんよね?」

「うん。だからこそどこから行けるかが分かる」


 そう言って、あよんはマップ上に経路を表示する。

 複雑で遠回りなルートだが、それは周回するように迷宮の中央へと向かっていて、幾つかのセーフゾーンを経由した後に未探索エリアへと入っていった。


 セーフゾーンに築いた簡易的な拠点を畳んで、彼らはそのルートを進んで行く。遭遇するモンスターは巧みな連携で討伐し、宝箱は回収できるものだけ回収して先を急ぐ。


「――リーダー」


 そして、未探索エリアへ辿り着く直前にソレと出会った。

 コツ、コツ、とゆったり歩き、死屍累々の死体を足蹴に道を歩く絶対的な強者。


「……最悪だね」


 重力を支配する魔法使い。今まで相対したプレイヤーが全員、一太刀浴びせることも出来ずに破れた存在。

 黒い肌に白い髪。甲殻のついた角と尾を持つ黒曜の民オビシディアンがそこにいた。


「……〈黒〉」


 エルドヴァルツ帝国の皇帝、アグレイア七賢人が一人『呑喰のディアナ』は、あよんたちを視認すると、退屈そうな顔のまま黒い珠を生み出した。


「……退路を塞がれましたね」


 重力を発する黒い珠はあよんたちの背後に浮かんでいる。逃がす気は無いということだ。


「来るが良い。余が戯れてやろう」

「……あなたたちは援護を。バフと継続回復を絶やさないように。君は僕と一緒に前衛です」

「うげっ、マジか」


 剣先から水滴を零しながら、あよんは仲間に指示を出す。一人、前衛を指示された槍使い男は嫌そうな顔をしているが。彼は槍と盾を使うので当然の指示なのだが……と、そう思案する間もなく戦闘が始まる。

 追加で発動された〈黒〉の影響で過重力状態に陥ったからだ。


「《ワイデンマジック》《エンチャント・ストレングス》《エンチャント・デクスタリティ》《エンチャント・アジリティ》《エンチャント・オールレジスト》!」

「《イーグルアイ》……《スナイプシュート》!」

「《アクアエッジ》」

「《ブースト》!」

「《ソウルチャージ》……」


 バッファーが仲間にバフを掛け、その間に弓使いが牽制を放つ。

 槍使いの男はアーツの効果で無理やり過重力状態を脱し、あよんはその後ろに付いている。

 《エンチャント・オールレジスト》によって、一時的に状態異常を軽減しているのだ。前衛二人――場合によっては三人――を中衛と後衛がサポートする鉄板の型である。


「《牙突一閃》――《シールドバッシュ》!」

「ほう……」

「《ウェイブスラッシュ》」


 最初に仕掛けたのは槍使いの男だ。

 単純な刺突攻撃だが、回避されることを見越して左腕でノックバック効果のあるアーツを起動している。

 彼が仕掛けるのと同時にあよんは左側に飛び出しており、《シールドバッシュ》のタイミングに合うように斬撃を繰り出した。


 これまでに何度も繰り返してきた連携で、打ち合わせをする必要は無い。彼らは自分だけではなく仲間のアーツのクールタイムも把握しているのだから。


「やるではないか。初手で余に尾を使わせた来訪者は貴様らが初めてだぞ」


 だが、この程度ではヴィルヘルミナに通用しない。

 彼女は右手で盾を掴んで《シールドバッシュ》を強引に止めると、尾の一振りで《ウェイブスラッシュ》を弾いた。


「ノックバック無効化とか嘘だろ!?」

「〈反転・白〉」


 左手に形成された白い珠を押し当てられ、槍使いの男は勢いよく壁に激突する。斥力によるノックバックだ。


「《ツインマジック》《ペネトレイト・アイスランス》!」

「〈黒〉」

「っ、これも片手間で対処しますか……!」

「当然だ。アグレイア七賢人である余に、この程度の魔法擬きは通じぬと思え」

「(魔法擬き……?)」


 疑問に感じる暇もなく、あよん一行とヴィルヘルミナの戦いはより激しくなっていく。

 ヴィルヘルミナはアーツらしいアーツも使わず、身体能力と〈黒〉だけであよんたちを圧倒する。それに対し、あよんたちは連携して攻め続けた。


 彼女に攻撃されれば防ぐ術が無いと理解したからだ。或いは、邂逅した時点でそう認識していた。


「(高かったんですけどね、『鑑定のルーペ』)」


 咄嗟に使用した課金アイテム。鑑定を妨害されたのか、それともただレジストされただけなのか。どちらにせよ、真面に情報を読み取れていない時点で遥か格上だ。


「あよんさん! レベル四桁ですこいつ!」

「想定通りです。狼狽えずに対処を」


 後衛の一人が予備を使用したらしいが、読み取れる情報は変わらない。


「《ゴーストヒール》っと。さっさと前衛戻りやがれ~」

「人使い荒いな畜生!」

「ラブカさん、ゲージが貯まり次第前衛に加わってください」

「りょ~」


 吹き飛ばされた槍使いの男は、中衛を担うラブカによって前戦に復帰させられる。

 彼女はサブアタッカー兼サブヒーラーなので、戦闘開始時は様子見を兼ねてサポートに回っているのだ。


「ほう、死霊使いとは珍しい。それも神官系とはな」

「よく言われま~す」


 ラブカのジョブは〝冥魂携えし死霊司祭〟という、かなり珍しいレアジョブである。それは、生と死という相反する属性を持つからだ。

 死者の魂を使役し、生者の傷を癒す。ネクロマンサーと神官のいいとこ取りをしたような性能だ。


「お喋りしている暇なんてありませんよ。《スピア・オブ・ウンディーネ》!」

「暇なんぞ幾らでもあるわ」


 戦いながら密かに水を溜めていたあよんであったが、必殺の一撃も〈黒〉に呑み込まれて無意味に終わってしまう。


「――ふ」


 しかし、切り札は一つだけではない。

 第二回公式イベントまでは、確かにこの技が唯一の切り札だった。だが、キルゼムオールに正面から打ち破られた後、工夫を凝らすことで新たに二つの切り札を開発したのだ。


「水はどこにでもありますからね。《ウンディーネ・ドロップアンカー》!」


 腰に提げた水筒から勢いよく水が噴出し、無数の錨となって飛び回る。

 『水の精霊剣』に宿る精霊に操作させることで、あよんは自律する飛び道具を得たのだ。


「《ダンシングスピリット》」


 更に、MPを追加消費することで滴る水を増やし、魔法攻撃扱いの小精霊を増やしていく。


「小精霊……それも五体か。神威も修得していないというのによくやる。褒めてやろう」

「切り札のつもりなんですけどね」

「凡人相手なら確かに切り札と成り得るな。だが余には……いや、魔法使いには通じぬぞ」


 《ダンシングスピリット》は手のひらサイズの小精霊を呼び出すアーツで、この小精霊に触れるとレベル80帯の魔法と同等のダメージが発生する。

 但し、精霊に所縁のある武器を所持していなければ発動出来ず、呼び出す小精霊も予め契約を交わさなければならない。

 また、小精霊はどこかを漂っているところを捕まえるか、〝精霊術師〟系のジョブを持つ者に召喚してもらうぐらいしか出会う方法が無いので、一体呼び出すだけでも上出来と言える技だ。


「――《ソウルギロティン》」

「ああそれと、貴様はもう少し装備を調えよ。それでは本領を発揮できぬだろうよ」


 背後から振るわれた大鎌の切っ先を掴み、ヴィルヘルミナはそれを手繰り寄せる。

 いくらSTRに補正が掛かるジョブとはいえ、レベルが四桁もあるヴィルヘルミナのステータスで引っ張られれば力負けするのは当然のこと。

 体勢が崩れた瞬間に胸元を掴まれ、そのまま地面へと叩きつけられる。


「やっば……!? ――なんちゃって」

「知っている」

「……やっべ」


 ゴーストスライムを自分と地面の間に召喚してダメージを軽減したラブカだが、逃げ出す隙は与えられなかった。

 ラブカはジョブアーツでアンデッド系のモンスターを召喚し、様々な状況に対応出来るのだが、自身のステータスを参照するため格上には通じにくいのである。


「いいえ、いい囮でした」

「《チャージスラスト》ッ!」

「〈黒〉」

「重たくなるくらいじゃ防げねぇぞ!」

「余の魔法がそれだけだとでも思っているのか?」


 過重力状態を克服しても、〈黒〉を攻略するにはまだ足りない。

 槍の軌道上に移動した珠に穂先が触れると、外部とは比べものにならない重力によって粉みじんに押し潰される。消失したと誤認するほどに。


「《バーストショット》! ……って、え?」

「弓使いももう少し気配を抑えよ。でなければ、格好の獲物だ」


 初撃以降ジッと身を潜めていた弓使いが放った矢は、器用に摘ままれて投げ返される。

 それは綺麗に喉へ突き刺さり、出血多量で死に至る傷となった。


「くっ……《ディフェクティブ・リザレクション》!」

「そっちも神官系か。だが、確実に復活させられないのなら魔力の無駄よな」

「なっ!?」


 バッファーが復活魔法を掛けようとするも、〈黒〉がその魔法を呑み込んだため不発に終わる。


「邪魔されたくなければ、せめて触れてから使うことだ」

「そんな技術、初めて聞きましたけどね……」

「小手先程度の工夫だがな。強者と戦うのなら頭の片隅でも入れておくがよい」


 残りは四人。

 槍使いはメイン武器を失い、ラブカは身動きが取れず、あよんの技は尽くが通じない。

 バッファーは味方のサポートしか出来ないため、結末は誰の目にも明らかだ。

 敗北。その単語があよんの頭を過ぎる。


「っ、仕方ないかな~……」

「ラブカさん……?」

「ごめん、《トリック・オア・トリート》!」


 しかし、ラブカがここで手札を切った。

 ジョブアーツ……ではなく、ユニーククエストで修得したアーツ。所持スキルに関係なく修得できるこれは、自分と視界内にある人及び物品の位置を入れ替えることが出来る。

 今回はしなかったが、視界内の人同士、物品同士を入れ替えることも可能だ。


「ちょ、俺の槍!?」

「あとで弁償するから~!」

「無くなる前提で話さないで!?」


 諸事情により仲間にも隠していたが、ここで明かす決意をしたようだ。

 槍を失った男は憤慨しつつも、いくらか性能が劣る予備を取り出して抗戦する様子を見せる。


「まだ抗うか。よい、もっと余を楽しませるがいい」


 この迷宮内で出会ったプレイヤーは、一分もあれば全滅できていた。

 だが、目の前の彼らはまだ生きている。仲間を一人失ってはいるが、それでも四人が生きて立ち向かってくるのだ。


 ヴィルヘルミナは黒曜の民オビシディアン……つまり、戦闘民族なのである。黒曜の民オビシディアンにしては闘争欲が薄いが、戦いに悦を感じないわけではない。

 退屈すぎて無意識に掛かっていた枷も取り払われるというもの。

 の暴力は、ようやく本領を発揮するのだ。

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