「ラブカさん。隠している手札があるのなら、事前に伝えておいてほしいものですね」
「検証不足だったから~」
「……まあ、ユニークならそうなりますか」
先ほど使用した《トリック・オア・トリート》というアーツの存在を、あよんたちは知らなかった。
ユニーククエストは基本、一度しか発生しない。それは条件を満たした先着一名だけが受注できるものだったり、誰でも受注できるが時間経過で自然消失するものだったり。
ラブカが遭遇したのは前者だ。
現世を彷徨う亡霊を冥府に送るという内容のクエストで、紆余曲折を経てこのアーツを授かった。
信仰先の神と自身のジョブが関係している都合上、検証を行えるのが本人以外いなかったため、これまで黙っていたのも仕方ないと言える。
「……全力でいきましょう。誰か一人が辿り着ければいいのですから」
「だな。ルートは頭ん中に入ってる」
「りょ~。あたしもちょい頑張るわ~」
改めて武器を構え、三人は攻撃を再開した。あよんと槍使いが連携して手と尾を封じ、ラブカが詰める。
そこに神官系のバッファーが
もう一人バッファーがいれば更に戦いやすくなるのだが、ラブカのジョブアーツの都合上、このパーティーは五人しか入れない。
召喚されるアンデッド系のモンスターは、パーティー枠を消費するからだ。
「チャージ満タン~、《吸魔昇魂》!」
「《チェーン・ジェイル》!」
「《乾坤一擲》ッ!」
「《スピア・オブ・ウンディーネ》!」
そして、このパーティーで一番爆発力があるのも、ラブカである。
彼女の切り札の準備が整った瞬間、他の三人はラブカの邪魔をさせないために動きを変えた。
まず、バッファーが相手の行動を制限する鎖でヴィルヘルミナを縛り、槍使いがスキルとアーツを総動員した投擲をする。
あよんは周囲に漂わせていた水を回収し巨大な槍へ。ただし、極限まで厚く、大きくしている。
「全て魔法で対処するのも味気ない。少し、乱暴にいくぞ」
〈黒〉であればそれらの攻撃は障害にならない。疑似的なブラックホールに等しい〈黒〉に触れれば万物は呑み込まれ、近くに在るだけで重力を増加させる。
だが、これは戯れだ。邪神に属するモノを殲滅するのではない。だから、簡単に決着がつくようなことをせず、相手の対応力を見ているのだ。
ヴィルヘルミナはまず、光の上位属性である聖属性で編まれた鎖を腕力だけで引き千切り、投擲された槍は尾で掴んでそのままへし折る。
あよんが放った水の槍に対しては、
もはや人間業ではないが、これこそ
ドラゴンの血を引いているなんて説が提唱されるぐらい、その身体能力は他種族の追従を許さないのだ。
ステータスが魔法使いに寄っているヴィルヘルミナでこれなのだから、肉体性能が上昇するジョブに就いた者がいれば、概念すらも破壊できるだろう。
「それで、貴様はどうする?」
「……其を崇め奉る。其の教えに従い、其の敷いた道を歩む。其は偉大なりし冥府の神。其を信奉せし我は冥府の鎌」
あよんたちが全力で妨害をしている中、ラブカは真剣な面持ちで詠唱をしている。
このゲームでは、詠唱に決まった文言は無い。どのような言葉を並べても、選択した魔法が同じなら結果も同じになる。
だが、文言が定められている魔法も存在している。
「古の魔術か」
「っ、ラブカさん急いで!」
「――其の導きの下、我は断滅の刃を振るわん!」
それは、アグレイアよりも古き時代に使われ、時代が進むにつれて淘汰されたモノ。
ヴィルヘルミナが古の魔術と呼んだソレは、限定的ながら神威を再現するという破格の性能を有している。
「《|生命刈り取りし死神の鎌《ハーデス・リーパー》》!」
その危険性はヴィルヘルミナも知っている。むしろ、アグレイア七賢人であった彼女の方がよく知っていると述べるべきか。
祝詞と共に代価を支払うことで発動する古の魔術には、致命的な欠陥がある。
「触れれば即死か……今の貴様では一〇秒も持たぬだろうよ」
それは、非常に短い制限時間と、使用後の解除不能なデバフ。
基が強力な神威であればあるほど術者への反動も大きくなる。何故なら、神威は神あってのもの。神の持つ権能を借りて行使する技だからだ。
また、一部の神は己の権能を勝手に使ったとして呪いを掛けることもある。だからこそ淘汰されたのだが……。
「何処から引っ張り出してきたかは知らぬが、あまりいい技とは言えぬぞ」
「これくらいじゃなきゃ通じないでしょ~!」
それでも、耐性を貫通して即死を付与できるのは、凄まじいの一言に尽きる。
デメリットさえ無視すれば、遥か格上にも通用する文字通り最後の切り札。
「《ウェイブスラッシュ》、《アイスショット》!」
「うおおおおお! 《シールド・スマイト》!」
だが、
「――努力は認めるとしよう。だが、やはり未熟よな」
プレイヤーの中では極めて高い戦闘能力を持った彼らでさえ、届くことは無い。
そもそも、立つステージが違う。
「なっ……!?」
「ははっ、もう笑うしかないですよね、これ……」
〈黒〉を手元に発動し、一瞬で肥大化させ槍使いの男を呑み込む。
次の瞬間にはあよんの懐に入り込み、その剣と防具を破壊したうえで鳩尾を蹴り潰す。
「〈纏い・白装束〉」
そして、ラブカは接近すら許されなかった。
万物を押し出す力を衣服のように纏った彼女には、何者も近づくことは出来ず、危害を加えることも不可能になる。剣も槍も魔法も、物質として存在する時点で斥力に押し負けるからだ。
また、本来の神威であればともかく、古の魔術で再現しただけの《|生命刈り取りし死神の鎌《ハーデス・リーパー》》に、概念を殺すほどの力は備わっていない。これも欠陥の一つと言える。
「最後に、本来の使い方を見せてやろう」
手元で〈黒〉を発動し、ヴィルヘルミナは言う。
これまでは設置するように発動していた〈黒〉だが、今彼女の手元にあるものは手の動きに追従していた。
それを前方向に押し出すと、〈黒〉は加速しながら肥大化していく。
肥大化した〈黒〉は残った二人ごと通路を呑み込み、一切の抵抗を許さず無に還す。
もしこの惨状を最初に目にしていれば、冷や汗をかくどころでは無かっただろう。本来破壊することの出来ないダンジョンを、容易く呑み込み押し潰しているのだから。
そして、ヴィルヘルミナは歩みを再開する。
戯れに遊んでやった来訪者は、自分がどの程度弱いのか理解しただろうと。
「あぁそうだ。マクスウェルの奴が持っていたな。そこからか」
古の魔術の情報を何処から得たのか、最後に察して。
…………………………
……………………
………………
…………
……
「――行きましたか」
ちらり、と通路の惨状を確認し、あよんはゆっくりと立ち上がる。
懐から煤のようなものが零れるが、気にしない。既に消費したアイテムだからだ。勿体ないとは思うが、ヴィルヘルミナと遭遇してしまった時点で覚悟はしている。
「強いだろうとは思っていましたが、まさかこれほどとは……」
「――ようやく理解したか」
独り言ち、あよんはそそくさと脱出口へ向かおうとして、その肩をがしりと掴まれた。
ぎこちなく振り返ると、そこにはヴィルヘルミナが立っているではないか。
恐らく最初から気付いていた。気付いたうえで見逃し、見逃したついでに待っていたのだろう。
そこそこ満足したような顔で彼女は言う。
「未熟な割に健闘した褒美だ。幾つか知識を授けてやろう」
「ははっ……」
もう、乾いた笑いしか出てこなかった。
渡される情報も必死にメモするだけで、質問し考察する余裕が無い。
こうして、検証班とヴィルヘルミナの戦いは終わり、格の違いというものを見せつけられ大敗したのだった。